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金光翔「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)【中】 

5.なぜ護憲派ジャーナリズムは佐藤を重用するのか?

 冒頭の問いに戻ろう。なぜ、このような右翼の論客を、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派は重用するのか?

 はじめに強調しておかなければならないのは、リベラル・左派による佐藤優の重用を、「戦後民主主義からの逸脱」とのみ捉えていては、〈佐藤優現象〉は解けないだろう、ということである。確かに、「2」で指摘したような排外主義的主張が、「戦後民主主義からの逸脱」であることは明らかであるが、同時に佐藤の主張が、リベラルのある傾向を促進する形で展開しており、だからこそ、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派が佐藤に惹き付けられている、と私は考える。

 したがって、佐藤優の言説と「戦後民主主義」の言説の連続性、現在のリベラルの主張との親和性を検討することが、極めて重要であるが、紙幅と私の力量不足のため、ここでは体系的に論じられない。したがって、以下、覚書として、現在のリベラルの主張と佐藤の論理の共通性のうち、佐藤優がリベラルに人気を得た主な理由と思われるものとその問題性をいくつか指摘し、私自身による研究も含めて、今後の検討に俟ちたい。

①ナショナリズム論

 まず、佐藤がリベラル・左派に人気を得た要因として、ナショナリズム論が挙げられる。佐藤自身、デビュー作の『国家の罠』の執筆は、前述の馬場公彦から、「佐藤さんが体験したことは日本のナショナリズムについて考えるよい材料となるので、是非、本にまとめるべきだ」と激励されたことが契機となったことを記している(29)。

 佐藤は、グローバリゼーションの影響でナショナリズムが有効性を喪失するという言説を否定し、外交官としての旧ソ連勤務時代の体験から、世俗化した現代社会でも「神話化」が進行して「民族感情」が沸き起こるとしているが、これだけならば、冷戦崩壊以降、ジャーナリズムでさんざん繰り返された主張である。佐藤が新しいのは、中国の「反日運動」や日本の「右傾化」をも、その観点から包括的に「説明」したことにあると思われる。

 九〇年代の構築主義的な国民国家論は、「民族は幻想であり、想像の共同体」といったレベルの薄められた理解で、「論壇」やマスコミ関係者に広まり、もともと「戦後民主主義」に強くあった「民族主義」「ナショナリズム」への否定的認識を、さらに促進したように思われる。上野千鶴子は、金富子の「上野氏はナショナリストと決めつければ誰もが黙ると思っているらしい」との適切な批判に対して、「金氏はナショナリズムに対していったい肯定的なのだろうか、それとも否定的なのだろうか」と応答しているが(30)、この応答は、日本の「論壇」が、ナショナリズム否定論に制覇されていることを前提とした恫喝であろう。

 重要な点は、佐藤の「論壇」への本格的な登場に先立って、東アジア諸国の民衆からの歴史認識に関する対日批判の声をまともに受け止めず、過剰な「反日ナショナリズム」として否定し去りたいという衝動が、護憲派まで含めてジャーナリズム内に蔓延していたことである。

 例えば、馬場は、二〇〇一年発表の論文中で、「東アジアの側も日本による侵略と植民地支配の記憶を、自国の排外的民族主義へと直結させる動きが見られる」と述べている(31)。二〇〇二年発表の論文でも、二〇〇一年度の扶桑社版中学用歴史教科書の検定合格に対する中国・韓国の日本政府への抗議について、「その告発は、これまで虐げられ支配されてきた弱いアジア諸国が、侵略国・植民者の強国日本に抵抗するという、冷戦期までの非対称的な図式ではない。現出しているのは、文化的価値観の均質性が顕著となるなかで、文化的にも経済的にも一体化が進み、より対称性が整いつつある両者の間で、過去の加害責任をめぐって、民間が主導し政府がそれに追随する形で対抗しあうといった思想風景である」と述べている(32)。なお、奇妙なことに、論文中には、これまでとは違うと断定をする根拠は何ら示されていない。

 中国の「反日ナショナリズム」について、佐藤は言う。「総理靖国神社参拝問題が日中間の「躓きの石」であるという見方が、本質的にずれていることが明らかになった。もし、靖国問題が日中間の本質的な「躓きの石」ならば、今年(注・二〇〇七年)も大問題になったはずである。それがなかったのは、靖国は「みせかけの問題」に過ぎなかったということだ。それでは問題の本質はどこにあるのか。それは中国で歴史上はじめて近代的なナショナリズムが、全国規模の大衆レベルで本格的に台頭していることだ。ナショナリズムは産業化と同時進行する。中国の内陸部が本格的に産業化、近代化している状況で中国ナショナリズムは今後も強化されていく。ナショナリズムにおいては「敵のイメージ」が重要だ。(中略)/中国人は日本人を「敵のイメージ」に選んでしまった。それだから、今後も小泉政権下の靖国問題のようなシンボルが出てくればいつでも反日ナショナリズムの火は中国で燃え広がる」(33)。

 そもそも安倍晋三は首相在任時は靖国参拝をしなかったのだから、佐藤の論理の前提自体が成立していないが(いつもながらのハッタリである)、対日批判を否定し去りたいという衝動を持ったリベラルにとって、佐藤の中国ナショナリズム論が極めて都合が良いことは明らかであろう。『世界』は、「反日運動」の特集号(二〇〇五年七月号「特集 反日運動―私たちは何に直面しているか」)において、巻頭論文として、中国ナショナリズムの批判で終始した論文(園田茂人「「ナショナリズム・ゲーム」から脱け出よ―中国・反日デモを見る視点」)を掲載している。この号には、「反日運動」が提起する過去清算の問題に向き合うべきという論文もいくつか掲載されており、編集部の動揺が見られるが、象徴的なことに、佐藤が『世界』で「民族の罠」の連載を始めたのはこの号からである。「反日運動」に直面したリベラル・左派の困惑抜きには、〈佐藤優現象〉は拡大しなかったように思われる(34)。

 なお、「戦後民主主義」に反植民地主義の認識がほとんど欠落していたことも、近年の「反日ナショナリズム」論の流行の背景にあると思われる。尖閣諸島・竹島に対する中国・韓国の主張も、植民地主義の問題は捨象されて単なる「領土問題」に還元され、「領土ナショナリズム」による主張と表象されることになる。韓国での左派の過去清算への取組みも、右派の国家主義も同じ「反日ナショナリズム」で括られる。反植民地主義の実践も先進国の排外主義も、全て同じことになってしまう。

 また、九〇年代以降の歴史認識・戦後補償をめぐる対日批判において、問われていたのは日本国家の法的・政治的責任であり、主権者たる日本国民の法的・政治的責任であったにもかかわらず、日本のリベラル・左派の多くがその「応答」に失敗したことにもこの「反日ナショナリズム」言説の蔓延の背景にある。例えば馬場は、「国民国家の枠組の残存は、植民地支配と戦争の責務を問う被害者・被害国からの声にたいする応答責任への道を閉ざす要因ともなっている」と述べているが(35)、ここでは、加害国の「国民」として、被害者への政治的責任を果たそうという姿勢(例えば高橋哲哉(36))が、「国民国家の枠組の残存」として矮小化されている。また、岩波ジュニア新書の上村幸治『中国のいまがわかる本』(二〇〇六年三月)では、「日本の若い人に戦争責任はありません。若い人が曽祖父や、その上の世代の起こした戦争について謝罪する必要もありません。日本は政府がすでに中国に公式に謝罪したし、中国政府もそれを認めています」とした上で、中国からの対日批判を「私たちに課された重荷として受け止めないといけません」と説かれている。同書は、中国の「反日運動」を過剰な「反日ナショナリズム」として説明しようとする典型的な本だが、対日批判で問われている政治的な責任を無視して、中国人への反感を「この本の主な読者」の「中学生、高校生から大学の一、二年生あたり」に煽ろうという狙いが透けて見える(37)。

 上村は論外としても、馬場の言説は、「国民基金」の論理に直結している。「国民基金」の呼びかけ人の一人であった大沼保昭は、「韓国では「慰安婦」問題は日本への不信と猜疑という反日ナショナリズムの象徴と化し」、「「何度謝ってもまだ足りないと言われる」ことに苛立つ日本の一部のメディアは、元「慰安婦」を「売春婦」呼ばわりする感情的な議論を爆発させた」と、日本の右派による「慰安婦」バッシングまで「反日ナショナリズム」のせいにしている(38)。被害者への国家賠償を忌避する「国民基金」が、正当にも韓国の世論に拒絶された結果として、「国民基金」を支持する層が自己の立場の正当化を動機として「反日ナショナリズム」論に移行していったように思われる(39)。

 大沼が「反日ナショナリズム」論に行き着く過程は、リベラル・左派のうち、国民基金には否定的だとする人々の一部も共有しているように思われる。そのことを考える材料になるのが、上野千鶴子の以下の一文である。「高橋(注・哲哉)さんが「日本国という政治共同体の一員としての法的・政治的責任」(注・以下、「法的・政治的責任」)を果たそうとすることの内容は、参政権を行使したり運動体に参加したり、シンポジウムや声明に参加したりというように、わたしや他の人々の行為とそう違わないだろう」(傍線部は引用者)。傍線部については、①戦争犯罪等に関する国家補償や責任者処罰を日本政府に履行させること(高橋の言う、「法的・政治的責任」を果たすこととは、これであろう)のための手段として、それ自体は「法的・政治的責任」を果たすこととは無関係なものとして記述されている ②それ自体が「法的・政治的責任」を部分的にでも果たす価値を持つものとして記述されている の二通りの解釈ができる。だが、これは②、あるいは、仮に①のつもりで記述したとしても②の認識も持っていた、と解釈することが妥当であるように思われる。なぜならば、この一文の少し後に、花崎皋平と徐京植との論争に関しての、上野の以下の一文があるからである。「徐さんは、「共生の作法」を、日本人であるあなた(注・花崎)には説く資格がない、と語っているように見える。花崎さん自身がどんなプロセスでそこにいたり、「日本人としての責任」を果たすためのさまざまなアクションを起こし、「わかろう」としない他の日本人マジョリティを説得するための努力をしてきたかを不問にして(中略)その部分は無視されるのだ。」(40)上野は、花崎の「さまざまなアクション」、「努力」が、「法的・政治的責任」を部分的にでも果たしているにもかかわらず、徐はそれを「無視」している、と徐を批判している、と読める。上野は、傍線部が、「法的・政治的責任」を部分的にでも果たしているとの認識を持っていると解釈せざるを得ない。日本では、「参政権を行使したり運動体に参加したり、シンポジウムや声明に参加したり」といった形で、戦後補償の実現に向けて「さまざまなアクション」、「努力」がなされ、「法的・政治的責任」を果たす具体的な行動が展開されているにもかかわらず、韓国世論は、対日批判の調子を一向に弱めない。これは日本側の問題というより、韓国の「ナショナリズム」のせいではないのか―こうして、上野や、戦後補償関係の運動に携わっている一部の層が、国民基金の支持者と同じ回路で、「反日ナショナリズム」論に合流したように思われる。

 マスコミ関係者やこれらの人々の相互交流を通じて、こうした認識は強化されていっただろう。〈佐藤優現象〉は、こうして形成されたリベラル・左派における「反日ナショナリズム」論の蔓延という土壌で成育を遂げたと言える。

②ポピュリズム論

 佐藤がリベラル・左派で人気を得たもう一つの要因は、二〇〇五年の衆議院選挙での小泉自民党の圧勝を、マルクスのボナパルティズム論を持ち出して説明したことにあろう。当時、「マスコミは、「小泉マジック」とか「小泉劇場」と称して、分析不能を告白していた」(41)が、護憲派ジャーナリズムが分析不能に陥った中、佐藤の提示した説明が、マスコミ関係者における柄谷行人の著作の普及と相まって、「説得力」を持ったのだと思われる。

 佐藤は、「自らを代表することのできない人々は、誰かによって代表してもらわなくてはならないのである。それが自らの利害に反する人物であっても、代表してもらうことになる」として、「現下日本国民の大多数」が、ナポレオン三世を支持した分割地農民と同様な投票行動を行った結果、小泉自民党が圧勝したと説明する(42)。メディアの煽動により「国民」がコントロールされ、自分たちの利害に反する新自由主義政党、小泉自民党に投票したという、ここ二年来、さんざん護憲派ジャーナリズムによって流された言説である。

 だが、「メディアの影響」といった外部要因を持ち出さなくても、小泉自民党の圧勝は比較的容易に説明できるのではないか。渡辺治は、「構造改革」に期待する大都市部ホワイトカラー上層を民主党から根こそぎ奪い返した結果であり、「メディア政治」の結果にするのは間違いであるとする(43)。私も、上記の点に関しては渡辺の分析に同意するが、渡辺の議論の弱点は、「若い人たち」と女性が大量に自民党に投票したことを説明しえていない点にあるように思われる。私は、佐藤と違い、若者と女性の多くが自民党に投票したのは、その時点において、合理的な投票行動だったと考える。彼・彼女らが自民党に投票したのは、無知でメディアの影響を受けやすいからではなく、彼・彼女らの企業社会や会社での位置が、周辺的な点にあると思われる。

 「郵政民営化が切り捨てる層」が象徴していたのは、「組合に守られた正社員、中高年ホワイトカラー」である。そして、日本の労働組合の大多数は、「連合」に代表されるように、「特権層」「利権集団」と表象されても仕方がない存在でしかなかった。そうした人々が切り捨てられるのは、多くの非正規雇用、中小企業の正社員の若者にとってはメリットがある。端的に言って、雇用機会が増えるからだ。若い世代が「上層」に上がる道が極めて狭いため、中高年正社員がリストラされて雇用機会が生まれる方が、労働組合を組織して賃金・所得を上げたりするよりも、はるかに現実的なのである。

 女性についても、その多くは、世代を問わず、パートや派遣労働、正社員でも低い地位など、企業社会で周辺的な地位にある。いまや専業主婦は少数派なのであって、「ワイドショーの影響」で女性が大量に小泉自民党に投票した、とする説明は馬鹿げている(愚かにも、「小泉の男性としての魅力」といった説明すらあった)。

 要するに、彼ら・彼女らにとっては、負担増はあっても、今よりも雇用機会の増える社会の方が、格差構造が固定化して「上層」への道が閉ざされている状況の中では、生活水準の向上への漠然とした予感からメリットがあると映ったのではないか。そして、その判断は別に間違っていないのであって、「メディアに踊らされた」わけでもない。

 マスコミ関係者がこうした構図に気づかず、「メディアの影響」論のウケが良いのは、浅野健一が再三指摘しているように、当のマスコミ関係者が労使協調型の御用組合に守られた、まさに「特権層」たる状況にあるからだと思われる。要するに、「メディアの影響」論とは、典型的な愚民観であって、こうしたマスコミ関係者のメンタリティに、佐藤による小泉自民党圧勝の説明は適合的であったと言える。

 また、「公共性の回復」を唱える山口二郎や杉田敦といった、リベラルの凡庸な政治学者たちが佐藤を支持しているのも、同様な愚民観に根ざしていると思われる。

③ 格差社会論

 現在、「格差社会論」が隆盛であり、佐藤優も左右の雑誌で、格差社会反対の論陣を張っている。格差社会の問題がこれだけ焦点化されている現在、リベラル・左派に佐藤が持て囃されている一因として、格差社会反対への佐藤の貢献が挙げられよう。佐藤は言う。「新自由主義政策の嵐の中で、戦後日本が築いてきた安定した社会が崩れ、その結果、日本国家が弱体化し始めている。この傾向に歯止めをかけることだ」(44)。

 目下、「格差社会反対」は、リベラル・左派ではごく当たり前なことになっているが、私が呆れるのは、そこに、外国人労働者の問題、また、グローバリゼーションの下で先進国と第三世界の「格差」が拡大している問題が、ほとんど全く言及されない点である。リベラルからは、外国人労働者が流入すると排外主義が強まるから流入は望ましくないという言説をよく聞かされるが、言うまでもなく、この論理は、排外主義と戦わない、戦う気のないリベラル自身の問題のすりかえである。こんな論理なら、まだ、はじめから外国人排除を主張する連中の方がすっきりしている。興味深いことに、小林よしのりも格差拡大に反対しているが、その理由は、格差拡大によって、「日本のエートス・魂」が失われ「国民の活力」が縮小し、「少子化が進み、やがて移民を受けいれざるを得なくな」るからとする(45)。すなわち、外国人労働者を排除した上での格差の解消という論理構成の点では、「左」も「右」も同一なのである。

 非常に単純化して言えば、外国人労働者の生活権の問題までカバーしうる格差社会論があるとすれば、最低限、労働法制がある程度規制緩和されることが前提となろう。そうでない限り、若年労働者と外国人労働者の競合は避けられまい。無論、そうした規制緩和には、大多数の「国民」は賛成しまいし、大衆統合の見地から見て、政策的にも採用されないだろう。若年者の労働組合運動は、現段階では既存の大組合の支持と援助なしではやっていけないから、「中高年の仕事を自分たちに」などとは言えない。かくして、外国人労働者は「格差社会論」から排除され、若年者の労働運動は、「既得権益」に入ることを要求するものとなる。

 「格差社会化」に反対しているから、佐藤や小林は一定評価すべきではないか、という声が聞こえてきそうだが、問題は実は逆ではないのか。現在の「格差社会論」自体が排外主義的な論理を孕んでいるからこそ、佐藤や小林のような排外主義者が、容易に格差社会反対の論陣を張れるのだ。

④「硬直した左右の二項対立図式を打破」―〈左〉の忌避

 佐藤がリベラル・左派に好まれた要因として、乱暴に言えば、リベラル・左派が、「自分たちは「左翼」ではない」と自己主張したかった点をどうしても挙げねばなるまい。佐藤がリベラル・左派に好まれたのは、「左右図式を超えた」ことになっている佐藤を使うことが、「左」であることを自己否定し、改憲後の生き残りを図るリベラル・左派にとって、都合がよかったからに他ならない。この点は、後で詳しく述べる。佐藤自身も、「東西冷戦終結後、有効性を失っているにもかかわらず、なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼、右翼という「バカの壁」」(46)という表現を用いており、〈左右図式〉を超えた「一流の思想家」として、柄谷行人や魚住昭など、多くの人々が賞賛している。

 ここで指摘しておきたいのは、延々と聞かされ続けている「左右の二項対立は終わった」という認識のおかしさである。「左右の二項対立」は、再編はされた。だが、終わったどころではない。「終わった」などと言っているのは、日本の「論壇」だけではないのか。

 また、「左右の二項対立は終わった」なる言説は、往々にして、もはや実質的には「左」ではないリベラル・左派に、自分たちが「左」で「良心的」であるという地位を担保するという行為遂行的な役割を果たしている。こうした言説を主に主張するのは「保守」ではなく「リベラル」であるが(47)、この言説は、「リベラル」が「保守」とは一線を画することを暗黙の前提としているから、実際には、「お前は右だ」という批判を否定する機能しか持たない。この言説は、「左」と見なされるのを回避することと、「左」からの批判をあらかじめ封印することを同時に担えるからこそ、九〇年代このかた、日本の「リベラル」に愛用されてきたと思われる(48)。本論文が指摘するように、現在の「リベラル」が「保守」と同様に「国益」を軸として再編されつつあることへの批判や、〈佐藤優現象〉への「左」からの批判が鈍いのは、こうした構図にも一因があろう(49)。



6.「人民戦線」という罠

 冒頭の、〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているか、また、それがどういう帰結をもたらすか、という問いに戻ろう。私は、〈佐藤優現象〉は、リベラル・左派に支配的な、ある認識と衝動に対して、佐藤が適合的であったために生じた現象であると考える。重要なポイントとして、二点指摘する。

①「ファシズム政権の樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤を擁護する 

佐藤は呼びかける。「ファシズムの危険を阻止するためには、東西冷戦終結後、有効性を失ってい
るにもかかわらず、なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼、右翼という「バカの壁」を突破し、ファシズムという妖怪を解体、脱構築する必要がある」(50)と。魚住昭は、呼びかけに応じて、「いまの佐藤さんの言論活動の目的は、迫りくるファシズムを阻止するために新たなインターアクションを起こすことだ」と述べており(51)、斎藤貴男も、前掲の『週刊読書人』の記事で、「魚住の理解に明確な共感を覚えた」と述べている。

②「論壇」での生き残りを図るために、佐藤を擁護する

 改憲の流れを止めることはできないから、改憲後に備えてこれまでのリベラル・左派の主張を改編して「現実的」な勢力となっておくために、すなわちリベラル・左派の「生き残り」のために、佐藤を擁護する

 この二点が、佐藤を擁護するリベラル・左派系のメディアや人間の中に、それぞれの政治的スタンスに応じて比率配分され、並存しているように思われる。

 私は、佐藤を使う理由として、①は首肯できるが、②はいただけない、と言っているのではない。②が破廉恥なのは見やすいが、より問題点が見えにくく、それゆえ徹底的に批判されるべきなのは、①だ。

 まず押えておく必要があるのは、日本において、佐藤らが言っているような「ファシズム体制」なるものは絶対に到来しないことだ。この二一世紀の「先進国」において、対外戦争を遂行する際、戦前型の「総動員体制」は、端的に不効率でしかなく、支配層にとって経済的にペイしない。治安や管理や統制は、要所要所さえできていれば支配層にとって問題ないのであって、一部の「監視社会論」は、ほとんど陰謀論に近いと言わざるをえない。そんなことは、イラク戦争を遂行したアメリカや、佐藤が称揚する最悪の侵略国家イスラエルを見れば自明ではないか。それらの国で、政治的自由や民主主義体制が維持されており、議会における論戦や市民運動が、現在の日本よりもはるかに活発であるのは周知の事実であろう。

 私は、戦前型のファシズムが再来するとでも言いたげな(いかにも一時代前の「左翼」的な)誤った情勢認識の下に、佐藤を一例とするような右翼とともに一種の人民戦線を築こうという志向が仮に社会的にも力を持ったならば、それこそが、日本社会のより一層の右傾化と、改憲の現実化をもたらすと考える(この点は後述する)。要するに、〈佐藤優現象〉の下で起こっていることは、「日本がファシズム国家の道に進むことを阻止するために、人民戦線的に、佐藤優のような保守派(私から見れば右翼)とも大同団結しよう」という大義のもと、実際には、「国益」を前提として価値評価をする、「普通の国」に適合的なリベラルへと、日本のジャーナリズム内の護憲派が再編されていくプロセスである。そうした存在が、憲法九条とは背反的であることは言うまでもない。このまま行けば、国民投票を待たずして、ジャーナリズム内の護憲派は解体してしまっていることだろう。これが、〈佐藤優現象〉の政治的本質だと私は考える。

 もっと言えば、佐藤優自体はどうでもいい。仮に佐藤優が没落して、「論壇」から消えたとしても、〈佐藤優現象〉の下で進行する改編を経た後のリベラルは、佐藤優的な右翼を構成要素として必要とするだろうからだ。






(29)『国家の罠』新潮社、二〇〇五年三月、三九八頁。

(30)上野千鶴子「金富子氏への反論」『インパクション』一五九号、二〇〇七年九月。なお、反論対象となっているのは金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義」『インパクション』一五八号、二〇〇七年七月。徐京植は既に、上野との論争の中で、「ナショナリズムは悪だ、なぜならそれはナショナリズムだから―そんな粗雑な循環論法が流通している空間では、いったんナショナリストというレッテルを貼られそうになった者は、なにはともあれ自分からその致命的なレッテルを剥がそうと懸命になるほかないようだ」と、上野の言説が前提としているものを指摘している(日本の戦争責任資料センター編『ナショナリズムと「慰安婦」問題』青木書店、一九九八年、一六八頁)。なお、金富子は、「粗雑であるばかりでなく、フェミニズムからもほど遠く、日本と韓国の歴史修正主義者たちに親和的な歴史認識・現状認識が、二一世紀に韓国の「日本学」研究者(注・金富子が同論文で批判する朴裕河)から提起され、それが日本の「良心的」知識人、マスコミ、フェミニストなどによって「お墨付き」をもらうという倒錯的状況」を「危機的」だとしている。この「倒錯的状況」は、〈佐藤優現象〉と間違いなく同質の問題性を含んでいる。それにしても、朴裕河ブーム(?)にせよ〈佐藤優現象〉にせよ、まとまった形で批判したのが在日朝鮮人しかいないという日本の(特に左派の)現状の悲惨さに呆れざるを得ない。

(31)馬場公彦「戦後東アジア心象地図の中の日本」『中国21』第10号、二〇〇一年一月。

(32)前掲「ポスト冷戦期における東アジア歴史問題の諸相」。

(33)〈地球を斬る〉二〇〇七年九月一二日「外相交代と対露外交(上)」。佐藤は「国権主義者」を自任しているが、だとすれば中韓の「ナショナリズム」には肯定的であるべきだろう。自分は右翼を自任しておきながら他国のナショナリズムは否定するのならば、ネット右翼と同じだ。なお、佐藤の議論に共感し、近年の中国の「ナショナリズム」を批判するリベラル・左派は、戦前の中国の反帝・抗日ナショナリズムと近年の「ナショナリズム」は違うのか、戦前の中国のナショナリズムをどう評価するのか、説明すべきであろう。

(34)「反日ナショナリズム」の核心は、「いままで日本に対して、われわれ周りが甘すぎたから、日本はドイツみたいになれなかったんだよ。ドイツがすべてよいかどうかは別にして」(劉彩品「私は「反日」と言ってはばからない」『前夜』第八号、二〇〇六年夏号)という民衆の状況認識であると思われる。問われているのは、「反日運動」が「ナショナリズム」かどうか、という問題ではない。この認識の妥当性である。そして、私は、この認識の妥当性を全面的に肯定する。それを「ナショナリズム」と呼ぶならばそれはそれでよい。「反日ナショナリズム」に関して、本文中では日本のメディアでの用法に準じたが、私自身は肯定していることを付言しておく。

(35)前掲「ポスト冷戦期における東アジア歴史問題の諸相」。

(36)佐藤が高橋哲哉を批判していることも、リベラルに好まれる一要因になっていると思われる 。高橋の正論を「左翼」とレッテルを貼って否定しようとする衝動は、リベラルまで含めたマスコミ関係者には確実にある。佐藤には、そうした衝動がよく分かっているのだと思われる。

(37)上村の主張は、以下の発言を想起させる。「『イスラエルがパレスチナ人に対してやっていることがテロの原因ではなく、ただ私たちイスラエル人を憎んでいるからやるのだ』というのが右派の言い分です」(イスラエル人平和活動家の発言。土井敏邦『現地ルポ パレスチナの声、イスラエルの声』岩波書店、二〇〇四年四月、一八六頁)。上村のこんな文章を真に受けたら、若い読者が、「政治とは無関係に、中国人は日本人をただ憎んでいる」と思うようになることは明らかだろう。上村は、毎日新聞の記者を長く務め、2ちゃんねるでは適切にも「中国版黒田勝弘」と命名されている。中国への謝罪は済んだとして、「日本は戦後60年、摩擦や対立を過度に恐れ、避けよう避けようと懸命になってきた。そろそろ、対立すべき時は対立し、その上でそれを乗り越えるための努力をする時期が来ているように思う」(『毎日新聞』二〇〇五年一月五日)と提唱している人物である。同書の刊行は、近年の岩波ジュニア新書の右傾化の一つの象徴であろう。

(38)大沼保昭『「慰安婦問題」とは何だったのか』(中公新書、二〇〇七年六月)。大沼は、米国下院での慰安婦決議に関連して、「アジア女性基金の業績は、ドイツを含めた他の国々と比較しても、決して見劣りするものではなく、胸を張ってよいものだと思います。ただ、それが世界に理解してもらえなかったのは、日本政府とアジア女性基金の広報能力に決定的な欠陥があったからだと思います」と述べている(秦郁彦・大沼保昭・荒井信一「激論「従軍慰安婦」置き去りにされた真実」(『諸君』二〇〇七年七月号)。この発言は、「国民基金」の政治的役割を、大沼がよく自覚していることを示している。なお、以下でも触れるが、「国民基金」の呼びかけ人の一人である和田春樹は、佐藤の盟友である。

(39)これは、イスラエルの九〇年代のリベラル・左派主導による、それ自体が抑圧であった対パレスチナ「和平政策」が第二次インティファーダによって頓挫し、右派の強硬策の支持に回ることと同じ構図である。

(40)この段落での引用は、上野千鶴子『生き延びるための思想』岩波書店、二〇〇六年二月、第六章から。

(41)渡辺治「「構造改革」政治時代の幕開け」『現代思想』二〇〇五年一二月号。

(42)佐藤優「民族の罠 第五回」『世界』二〇〇五年一一月号。

(43)渡辺治『構造改革政治の時代―小泉政権論』花伝社、二〇〇五年。

(44)〈地球を斬る〉二〇〇七年九月五日「日本国家の弱体化に歯止めを」。

(45)「ゴー宣・暫」第五幕第一場『SAPIO』二〇〇七年三月二八日号。

(46)「民族の罠 第六回」『世界』二〇〇五年一二月号。

(47)このことは佐藤には明瞭に自覚されていると思われる。佐藤は、〈地球を斬る〉では、「山口教授をはじめとするまじめな左翼、市民主義陣営の声に、保守の側が真剣に対応することが日本の社会と国家を強化するために必要と思う」と述べている(前掲「日本国家の弱体化に歯止めを」)。一見、本文で引用した「バカの壁」云々と同じことを言っているように見えるが、重要な違いがある。『世界』での「バカの壁」云々の文章では、〈左右図式〉自体が否定されているのに対して、佐藤はここでは、「保守」が「左翼」と対峙するという枠組みを何ら否定していない。

(48)護憲派ジャーナリズムが、自らが「左」であることを担保しながら「左」であることを否定する態度は、〈佐藤優現象〉の成立・拡大の一因になっていると思われる。そのことを、片山貴夫と『金曜日』北村肇編集長とのメールでのやり取りから考えよう(以下、引用は「片山貴夫のブログ」二〇〇七年六月二日付より)。北村は、
 ①「佐藤さんにコラムを依頼したのは、単なる「右派論客」とはみていないからです。実際、何回か話をしたのですが、一流の思想家です。何かと刺激を受けることも多い人物です。岩波書店の編集者や斎藤貴男さん、魚住昭さんらが懇意にしているのも、その「実力」を知ったからと推察します。」(二〇〇七年三月五日付)
 ②「佐藤氏の「物の見方」と編集部のそれが同一しているわけではありません。場合によっては誌上での討論もありえます。しかし、コラムニストから降りてもらうようなことは考えていません。次元の違う問題と思います。/本誌は「論争する雑誌」としてスタートしました。必ずしも考え方の一致しない著者の登場は、多くの読者から支持されてもいます。」(三月二七日付)と述べているが、興味深いのは、二つの返信の矛盾である。すなわち、①は、『金曜日』が「左」であることを前提とした上での弁明だが、②は、『金曜日』が「左」であることを否定した弁明となっている。『金曜日』は、「左」であることの自己否定と、「左」であるとの自己規定が並存しているのである。本文で述べたように、佐藤を護憲派ジャーナリズムが使うのは、「左」であることの自己否定が一因である。ところが、自分たちが「左」であると自己規定するからこそ、佐藤が「〈左右の図式〉を超えて活躍する一流の思想家」であるという表象が世間で作り出される。かくして、護憲派ジャーナリズムが「左」であることを自己否定するために佐藤を使うことは、その表象に基づいてより容易に遂行される、というからくりが生まれる。

(49)この「5」で挙げた論点から考えると、注(24)で指摘した「護憲派のポピュリズム化」と〈佐藤優現象〉との問題の同質性を確認することができる。
  例を挙げよう。井筒和幸ほか『憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための一八人の発言』(岩波ブックレット、二〇〇五年八月)は、一八人の著名人のメッセージが掲載されており、二〇〇五年八月上旬に、中央紙・ブロック紙・地方紙の計四二紙に一頁全面広告で掲載されたが、この広告で使われようとしたキャッチコピーで「今回の趣旨を具現化した言葉」として挙げているのは、「確かに、ムカツク国はある。/だからこそ、キレてはいけないのです。」である(ただし、実際には採用されなかった。「今月の広告時評 憲法九条を広告・する」『広告批評』二〇〇五年九月号)。ここでの「ムカツク国」が、北朝鮮を指していると一般的に解釈されることは、二〇〇五年八月時点において(そして現在でも)、議論の余地はない。ここには、〈佐藤優現象〉と同じ、北朝鮮を「敵」として自明視する姿勢が、鮮明に表れている。無論、こうした広告が世に出た際に、在日朝鮮人が被る被害への呵責の念など欠片もあるまい。
  「護憲派のポピュリズム化」は、この「5」で挙げた論点を当てはめれば、「反日」の訴えを正当に受け止めない姿勢・衝動を持ち(①)、愚民観を持ち(②)、若者向けであり(③)、主張のいかんを超えた有名人・文化人を志向している(④)、といった点からも、〈佐藤優現象〉と共通点を持つ。そして、北朝鮮敵視と在日朝鮮人の人権の無視が、そのコロラリーである。

(50)「民族の罠 第六回」『世界』二〇〇五年一二月号。

(51)佐藤優・魚住昭『ナショナリズムという迷宮』朝日新聞社、二〇〇六年一二月、二五二頁。
  • 2008.01.27 02:48 
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