> スポンサー広告

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • --.--.-- --:-- 
  • Comment(-) |
  • Trackback(-) |
  • URL |

> 未分類

浅野健一「これでは岩波版の<特定秘密保護法>だ――岩波書店就業規則改悪問題」 

(※管理人注:この文章の掲載に関しては、http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-51.htmlを参照のこと。強調部分は、http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-49.htmlで言及されていない箇所)

「これでは岩波版の<特定秘密保護法>だ――岩波書店就業規則改悪問題」

                                      浅野健一

表現の自由は民主主義社会にとって最も重要な基本的人権であるが、岩波書店は、会社の指定した機密情報を流したり、岩波書店の刊行物に論文を書いた著者を誹謗中傷したりした時は懲戒解雇するという就業規則を導入しようとしている。これは異常であり、あってはならないことだと思う。もちろん、共同通信社にも学校法人同志社にもこんな馬鹿げた規則はない。憲法違反の就業規則だ。

岩波書店は「就業規則」の全面改定を労働組合に提案しており、就業規則改定案の第10条の2で、<職員は、会社の名誉を傷つけまたは会社に損害を与える行為をしてはならない>と規定している。また、第41条の4では、<会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき>、社員は諭旨解雇または懲戒解雇とすると定めている。

また、第41条の7では、<会社は、他の職員の懲戒に該当する行為に対し、ほう助または教唆もしくは加担したことが明白な職員については、本人に準じて処分する>としている。

この改定案には安倍晋三自公政権が導入した特定秘密保護法の岩波バージョンがある。<第2章 服務規律>第10条に<職員は、会社および関係取引先の機密を外部に漏らしてはならない>とあり、<外部に漏らしてはならない機密>とは<経営状況や経営方針に関する文書やデータ><取引先との取引情報、取引先を通じて知った秘密情報>など5項目が規定され、<その他、以上に準じる機密保持を要する情報>も対象になる。

また、第12条の2で、<職員は、会社が指定した機密情報について、雇用期間中だけでなく退職(解雇を含む)後も機密として保持し、第三者に開示もしくは漏えいせず、または自己もしくは第三者のために使用してはならない><職員は、会社の承諾がない限り、機密情報を複製してはならない>と定め、<職員は会社を退職する際、保有する前項の機密情報に関する文書・資料等(その複製物も含む)をすべて会社に返却しなければならない>と規定している。

改定案には、「機密」「秘密情報」「機密情報」「機密を故意に漏洩」「情報を消失させもしくは破壊」とい表現が10回も出てくる。岩波書店は膨大な機密、秘密情報を抱え込んだ会社なのかと思う。まるで公安警察、内閣情報室、公安調査庁、自衛隊諜報機関の内規のようだ。

「職務上の指揮命令」「業務上の指示・命令」が強調されている。問題はどういう機関・人間が、どんな基準で会社の名誉を傷つけたか、機密情報に害とするかどうかを判断するかだ。また、機密情報に「準ずる」ものはどういうものかも不明だ。判断する基準は事前に開示されるだろうか。ほう助、教唆も対象になっているが、その範囲や基準は明示されていない。

<第4章 勤務>に 会社の風紀を乱し、または乱す恐れのある者は社内への入館を禁止し、または退館を命じることができるとある。「恐れ」はいくらでも拡大解釈できる。

ここでいう岩波書店の「著者」というのは、岩波書店の定義では、記事、論稿を一度でも岩波書店の刊行物に書いたことのある人で、関係取引先は、岩波書店が広告を出している新聞社、雑誌社を含むという。

会社から就業規則違反を指摘された時に、問題とされた職員は異議申し立てをすることができるのか。異議を申し立てた場合、どういう機関で審査するのか。手続きの規定はあうのか。執行部、役員会から独立したオンブズマン的な機関がなければ、社長以下の役員たちが恣意的に運用できる。

退職時に、秘密情報はすべて返却せよというのは事実上不可能だ。頭の中にある記憶を消すことはできない。岩波書店の機密を漏えいした職員は解雇するというのは、安倍自公政権より危険な発想で運用だ。

岩波書店社長である岡本厚氏は、岩波の刊行物に何度も書いたことのある著者の私を誹謗中傷している。例えば、私が第1作の『犯罪報道の犯罪』で取り上げた冤罪被害者、小野悦男さんが無罪確定・釈放後に事件を起こして逮捕起訴された際、小野さんの無罪確定事件も怪しいと『世界』誌上で書いた牧太郎氏を擁護し、私を非難した(注1)。また、浅野ゼミと北海道新聞が共同で企画した西山太吉さんと吉野文六さんの対談に関して私が『週刊金曜日』に書いた記事について、2010年4月12日、浅野ゼミの関与はウソだと週刊金曜日編集長に抗議している。道新側の要請で対談の直前に参加した岩波書店の『世界』編集部と岡本氏は、もともと私と道新の徃住嘉文記者が対談を企画し、実現させたことを知らなかったのだ。岡本氏はいまだに非を認めず、私と浅野ゼミに謝罪していない(注2)。

私は22年間、共同通信の記者を務めていたが、『「犯罪報道」の再犯 さらば共同通信社』(第三書館)などで、当時の社長の不正経理が内部処理されたことを明らかにした。また、『天皇とマスコミ報道』(三一書房)・『客観報道』(筑摩書房)や雑誌記事などの中で、昭和天皇が死亡した1989年1月、共同通信は天皇の死を「崩御」と表現したが、共同通信社内で「崩御」使用を決定した中心人物が当時ニュースセンター(見出し・校閲などの編集局の中枢部門で旧称は整理本部)の責任者で、後に関東学院大学教授になった元新聞労連新研部長・共同通信労組委員長の丸山重威氏だったことも書いた。岩波書店の改定就業規則ではこういう著述は許されないことになる。

『週刊金曜日』で私と共に「人権とメディア」を連載している山口正紀氏は読売新聞記者時代に、読売新聞のロス銃撃事件報道などを批判した。共同通信記者の中嶋啓明氏も共同通信や共同の加盟社の報道を批判の対象にしている。しかし、読売や共同が就業規則を持ち出して、処分をちらつかせたことは一度もない。

岩波書店の名誉というのは何だろうか。職員の言論の自由を縛り、企業機密を守ることにエネルギーを使ううちに、出版業の大切な原点が忘れられていくだろう。縁故採用をネットのHPに載せるような愚かな行為こそ、岩波書店の名誉を毀損しているのではないか。

リベラルなマスメディア企業の中で、「著者」や「関係取引先」や「職員」(社員)への誹謗中傷を懲戒解雇処分とするという規定を行っているメディアを知らない。

言論機関にとって重要なのは、社内言論の自由だ。社員みんなが情報を得て、自由で闊達な議論をたたかわすことが何より大切だ。意見の違いを述べ合うことだ。controversial(論争的)であることが大事なのだ。社長も、一社員も平等の権利を持って。
 
岩波書店にこのような就業規則が導入されれば、職員は萎縮し、お互いが疑心暗鬼になり、風通しの悪い職場になるだろう。相互監視の暗い職場になることは間違いない。これが他のメディア企業に広がった場合、報道・出版界全体が活力を失うだろう。

日本はもともと「お上」に弱い社会だ。会社も同じで、上司の顔色をうかがい、長いものに巻かれろの社員が多い。また、安倍晋三自公政権がネオファシズム、戦前回帰を狙う中、ジャーナリズム性をどんどん失ってきた日本の言論界はさらに衰退するであろう。

自分の首を絞めるような愚かな就業規則を導入すれば、岩波書店は人民の信頼を失い、ただの情報産業会社に成り下がるだろう。


(注1)『新版 犯罪報道の犯罪』(新風舎文庫)185~191頁と、『犯罪報道の再犯 さらば共同通信社』第一章「第二次小野悦男さん報道の大問題」に詳しく書いているので参照してほしい。

(注2)詳しくは、同志社大学・浅野健一ゼミホームページ(2013年3月末に不当解雇されたため、他の教員のHPへ移管)を参照のこと。
http://www1.doshisha.ac.jp/~yowada/kasano/FEATURES/2010/20100317_nishiyamayoshino.html



  • 2015.03.30 23:32 
  • Comment(-) |
  • Trackback(-) |
  • URL |

> 未分類

愼蒼宇「「著者」の一人として岩波書店の就業規則改悪のとりやめを求める」 

(※管理人注:この文章の掲載に関しては、http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-50.htmlを参照のこと)

「「著者」の一人として岩波書店の就業規則改悪のとりやめを求める」
 
                         愼蒼宇(シン・チャンウ)

岩波の就業規則改悪問題が話題になっている。金光翔氏によれば(首都圏労働組合特設ブログ:「岩波書店の就業規則改定案について」)、岩波の就業規則改定案の「論旨解雇または懲戒解雇」の条文(第41条の4)に、「会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき」とあり、さらに第41条の7には「会社は、他の職員の懲戒に該当する行為に対し、ほう助または教唆もしくは加担したことが明白な職員については、本人に準じて処分する」とある。さらに、第24条の2には、「会社は、次のいずれかに該当する職員に対し社内への入館を禁止し、または退館を命ずることができる」と定め、その対象のなかに、「会社の風紀を乱し、または乱す恐れのある者」も挙げている。

ここでいう「著者および関係取引先」は、極めて多数に上るのだから、金光翔氏もブログで述べるとおり、岩波の社員は「何も発言するな」と言われているに等しいであろう。これは言論・表現・政治的活動の自由を侵害するばかりでなく、この条文をときの執行権力が極めて恣意的な拡大解釈をすれば、会社の中に異常な相互監視と排除の空間を創り出すことが可能になるであろう。言論を基盤とする岩波のような会社の中で、会社の方針や内実への批判を封じ込めようとする就業規則を作ることは自殺行為に等しい。加えて、このブログの中で紹介されている浅野健一氏のコメントにもあるように、岩波の異常な就業規則の導入が、ほかのメディア企業に広がれば、報道・出版界全体で委縮し、活力を失うであろう。

私は岩波で論文を書いた事がある「著者」の一人として、こうした懸念のもと、岩波書店に就業規則の改悪をとりやめるよう強く求める。

また、この就業規則改悪の問題は、以上の点にとどまらない。金光翔氏の上記ブログに加え、鄭栄桓氏もブログですでに指摘しているように(「岩波書店の就業規則改悪問題と在日朝鮮人への言論弾圧」)、今回の就業規則改悪は、在日朝鮮人の言論活動への弾圧という側面を有しており、それはこれまでの金光翔氏の言論活動に向けられうるものだと考えざるを得ない。金光翔氏は、2007年11月に論文「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号、2007年11月)で、佐藤による排外主義的主張の展開(とりわけ、歴史認識の問題、対朝鮮民主主義人民共和国、対テロ戦争に対する)が、いわゆるリベラル・左派によって黙認される現象(〈佐藤優現象〉)に焦点をあてて、そこで中国や韓国の「反日ナショナリズム」論やポピュリズム論、格差社会論を媒介として様々な諸勢力がからみあい、もつれあいながら「集団転向の寄り合い」としての左右合作=「国民戦線」(左右の硬直したイデオロギー対立を超える、を名目に)が形成されることを浮き彫りにしたうえで、在日朝鮮人への弾圧を煽る佐藤優を他でもない岩波書店が積極的に起用することを批判し続けてきた。この指摘は極めて鋭く、私はその内容への賛意を2009年7月28日に書いた(「金光翔氏の<佐藤優現象>批判によせて」)。

そのなかで、私は以下のように書いた。

私は金光翔氏の丹念な読解と実証に基づいた論稿を読み、ここ10年ほどのあいだ、ずっと疑問を感じながらもうまく整理することができなかった、朝鮮問題に対するリベラル・左派の対応の在り方の特徴とその背景をようやく構造的に理解することができました。このような思いは、在日朝鮮人に対する日本社会の右から左にまで幅広く跨る、見えにくくも分厚い「壁」にぶち当たってきた人々には痛いほどよくわかるのではないでしょうか(近年は在日朝鮮人の一部も「日本社会は良くなった」「もう差別はなくなった」という趣の発言を陰に日向にして「重宝」されているために、なおさらその「壁」を告発することは困難になっている)。そして、自分は批判的な立場にいるのであって、マイノリティを抑圧する「壁」の側に片足をかけているなどとは少しも思っていないリベラル・左派の人々やそれに野合する周縁の人々は恐らく金光翔氏の論文に不快感を覚えつつも、表だって反論することはせず、陰で批判をしながら光翔氏を排除しようとしていることでしょう。これは光翔氏の指摘がそれだけ図星であったからであると私は確信しています。

その後、金光翔氏は佐藤優や右派メディアだけでなく、社内からも攻撃にさらされるようになり、その際には、「〈佐藤優現象〉に対抗する共同声明」(2009年10月1日)が128名(2014年2月7日現在)の署名のもとに出された。その後も、岩波書店は金光翔氏に労働条件に関する理不尽で民族差別的な措置をしようとし、そのたびに「岩波書店の出版事業に著者として関わってきた者の立場」から反対の声明や抗議文が出されてきた。この一連の過程を見てみれば、今回の就業規則の改悪案も、金氏の言論活動へのこれまでの攻撃の延長線上に位置付けて考えざるを得ず、その民族差別の執拗さに、深刻な懸念を抱かざるを得ない。鄭栄桓氏と同様、私も、改めて岩波書店に金氏の言論活動の侵害を即刻やめることを求めると同時に、就業規則改悪案への批判に賛同する。

私は「金光翔氏の<佐藤優現象>批判によせて」の最後で、

光翔氏は職場で「嫌がらせ」を受けるリスクを日々引き受けながら、<佐藤優現象>に対する徹底抗戦を今もブログや裁判闘争を通じて続けています。私は改めてその姿勢を支持すると同時に、私も朝鮮近代史研究に携わる人間として、南北朝鮮・在日朝鮮人や他のアジア諸国から起こる「反日ナショナリズム」への批判を媒介とした、リベラル・左派やその他周辺的存在の「集団転向の寄り合い」による、単純な反日ナショナリズム批判やそれと符合する修正主義的な歴史観の展開や、暴力の真相究明や責任追及をあいまいにする「和解」路線、そしてそういう言論や研究を繰り返している研究者や出版人に対しても、強い抗議の意を示していきたいと思っています。

と書いた。あれから5年たつが、こうした現象はさらに深刻さを増しているように見える。だからこそ、金光翔氏の諸論考はさらに説得力を持つものとなっている。私の上記した賛同の意志は、現在も変わらないばかりか、なお強くなっているということを改めて述べておきたい。

さらに、私も岩波書店の出版事業に朝鮮近代史、日朝関係史関係でいくらか関わってきたからこそ、金光翔氏の言論活動を封殺しようとする一連の行為は、在日朝鮮人の研究・言論活動にも抑圧的な影響を及ぼしかねない、という強い疑念を抱いていることをここに表明しておきたい。

2015年3月24日

  • 2015.03.25 00:00 
  • Comment(-) |
  • Trackback(-) |
  • URL |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。