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> 論文・エッセイ

読者より:右翼に(進んで)併呑される人々 

大変遅くなりましたが、新年の御挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

昨年は『論座』の休刊に加え、『ロスジェネ』、『思想地図』、『m9』(これは3号で年内休刊となりましたが)といった新興オピニオン誌の創刊が相次ぐなど、論壇にいくつかの動きが見られた年でありました。しかしながらそうした動きが日本の言論に新たな風を吹き込む要因になりえたかと言えば、答えは否でありましょう。彼ら自称新興勢力は、既に旧来の雑誌がそうであるように、「右でも左でもない」路線ないしは明確な排外・差別主義の新たな一変奏曲として加わったに過ぎず、その表面は変わっても病根は同じくしていると見るべきだと私は考えております。その証拠に、新年早々『週刊金曜日』はその編集委員に、自ら「保守リベラル」を名乗り「左右のバカの壁」なるものの打破を唱える中島岳志を迎えて、金さんがおっしゃるところの「護憲派のポピュリズム化」 (注1)をより一層推進しています。

近年ではこのような一見して従来の右派・左派双方から距離を取りつつ両者を乗り越えようとするような自己規定が大変に流行しているようです(最も明瞭な事例は「超左翼マガジン」と自称する『ロスジェネ』の存在です)。しかし、こうしたことを異口同音に唱える人びとが、本当に言論を新たなステップへと導くことが出来るのかは、非常に疑わしいところです。彼らの言論は相互に驚くほど似通っており、そこに革新的な思考の萌芽や自律性を見出すのは大変難しいからです。また、『金曜日』の編集委員であり、『ロスジェネ』の中心的論客であるところの雨宮処凛などに代表されるように、左派と右派の共闘可能性について熱心に繰り返し語る人もありますが、これも同じく怪しい。なぜならば彼(女)らが近年クローズアップされることの多い貧困の問題を、どこまで歴史的かつ世界的な視点から考えていこうとしているのか、そこがいつまでたっても見えてこないからです(注2) 。いや、むしろ赤木智弘(注3) などがそうであるように、そういった論理的な自己省察を、当事者感覚や現場のアクティヴィズムを偽装することによって、最初から回避(あるいは嘲笑さえ)してみせる態度の方が優勢なのではないでしょうか。本来、問題の理論的な把握は、社会的実践によって退けられるものではなく、むしろ相互に補い合い、さらに止揚が可能となるような関係にあるはずなのですが、現在の社会的な運動には、前者を後者によって切り捨てる傾向が見え隠れしているように思われます (注4)

素朴な生活の論理から運動や思想・言論を立ち上げるのは良いことですが、素朴さゆえの誤謬をも伴うそれを、いつまでも「生の声」として絶対化し、放置し、さらにそれを是正しようとするものに丸呑みさえさせようとするのは困ったものです。一度でも言論人として筆をとったからには、より適切な方向へと自分たちの運動を導いていく責務が生じるはずです。「多少の瑕疵があろうとも問題解決に向けて前進できるのだからよいではないか」という功利主義は、敵対勢力にその瑕疵を突かれたときに、狼狽し居直る見苦しさによって、いずれ必ず自分たちに手痛いしっぺ返しを食わせることでしょう。いずれにせよ、このような自省を欠いた言論が流通する中で『蟹工船』ブームなどと言われても、小林多喜二が単なる一過性の消費財として提供されているだけのように思えます。

ところで金さんは「<佐藤優現象>批判」において、「人民戦線」的な思考の罠についての御指摘をなさっておられましたね。日本のリベラルは、護憲・反ファシズムの旗を掲げつつ、実質的には国益主義的な方向への再編成と集団転向を行いつつある、と。

反ファシズムという一点に限って、左派が右派に対し体験的な共感を覚えるという現象が過去になかったわけではありません。例えば羽仁五郎は、リベラル保守の代表とも言える吉田茂に対して、第二次大戦末期、共に獄中にあったという意味での同朋意識を表明しています(『自伝的戦後史』などを参照)。しかし羽仁は別段、吉田の全ての施策と言動を肯定してはいません。というよりも、そうした個人的な共通体験による共感にもかかわらず、多くの事象においてその意見を異にし、むしろ批判的だったのではないでしょうか。

それでは現在、左右の共闘ないしは超克を唱える勢力はどうでしょう。金さんには改めて申し上げる必要もないほどに答えは明らかですね。佐藤優を重用するような思考の混乱した言論人に代表されるように、彼らは結局のところ国民主義の桎梏を抜け出ることが出来ず、否、抜け出ようとするそぶりすら見せず、むしろそこに居直りつつあります。彼らが試みているのは、左右の言論の止揚などではなく、むしろ右派に対する全面的な譲歩と後退であり、自らの非倫理性を「反ファシズム」という旗を掲げることによって、あたかも良心的であるかのように偽装しつつ、実質的には戦争と差別と全体主義に対してこの上なく寛容な態度を示して、自らの生き残りをはかることでしょう。このようなリベラルを、いったい誰が信頼するというのでしょうか。なんのことはない、リベラルは自己崩壊の道をひた走っているのです。

具体的な事例としては、金さんがあげていた東浩紀の言論がありますね。彼は、差別に対しても寛容な態度をとれる「拡張されたリベラル」こそが求められており、むしろ反差別の議論は、その「不寛容さ」ゆえに支持を失いつつあると言いたいようですが、私の認識は正反対のところにあります。

ここで思い返すべきは、あの忌まわしい『マンガ嫌韓流』における「反差別」のレトリックです。この本ではまず、日本人は差別の主体ではなく、むしろその被害者なのだ、という修辞によって日・朝/韓の立ち位置が反転させられます。そしてその上で、この「差別」を打破した「真の日韓友好」の必要性を日本人(著者)の方が言い出すという形でストーリーが結ばれておりました。

つまり、あくまでこの本の著者の主観的にではありますが、『嫌韓流』は「反差別」のレトリックを伴って描かれていると言えます。そして、このような「人権」概念の乱用こそが現代右翼の武器であることは、反中国ないしは反朝鮮の言論を見ても明白です(注5)

これに対して東のような「拡張されたリベラル」は、「差別主義者に対する寛容さ」を説きます。このとき、「差別の自由を許そう」と言うリベラルと、「差別を許すな!」と言う右翼と、いったいどちらの言論が倫理的に見えるでしょうか。私は後者だと思います。リベラルが支持を失ったのは、東の言う「リベラルがリベラルでない」などというような要因からではなく、むしろ東のような「拡張されたリベラル」が唱える言論の非倫理性が誰の目にも明白であることによるものでしょう。言わば自業自得です。

加えて言うならば、このような事態に直面しても、「差別する自由」を求める大衆が(困ったことではあるが)多々存在しているのだから、それは「寛容に」認めてやろうではないか、というような大衆蔑視の感覚が、その行間から透けて見えるというのもあるでしょう。このような議論を聞かされれば、自分は差別など肯定していないのだから、この論者は非倫理的な上に、自分たち読者を馬鹿にしている鼻持ちならない人間だと考え、反発を抱くのが、極めて自然であり、また理の通ったことであります(注6)

長々と書いてしまいましたが、私は何も、左派は右派の言論と存在を一切無視すべきだと言いたいのではありません。ただ、右派の言論に目を配るということと、それを容認し重用しさえするということとは、全くの別の問題だと言いたいのです。そして左派が右派の言論を有効に用いることができるとすれば、それはその肯定ないしは擦り寄りによってではなく、あくまでそこに現れる排外主義や国益主義などに対して否定の立場を堅持しながら、そうした言論がどのような基盤から出てくるのか、あるいは何故流通してしまうのか、という問題を踏まえて自らの視点を研磨していくという態度をとったときにのみ可能となるだろうと考えています。これこそ現代日本のリベラルに最も欠けた理論的自己省察の姿勢であり、このような状況が続く限り、論壇は淀んだ空気の中、リベラルがどこまでも自壊を示し、支持を失い続ける空間としてのみ機能することでありましょう。それに左翼が付き合う必要性は、もちろん本来全くないのですが。

新年早々、全く明るい展望の見えない話題で申し訳ありません。

それではまた。


(注1) ところでこれらの人々の着地点の一つとして近年、白洲次郎が見出されつつあるように思います。白洲に関する文献の相次ぐ刊行に続き、今年はNHKが特番のドラマを3回に分けて放送するようですが、これに先駆けて、日本国憲法の起源を日本人の憲法学者たちが起草した草案に見るという筋書きの映画『日本の青空』が2007年には公開されています。この映画は全国の「九条の会」などの「護憲派」が製作費への募金から宣伝・発券などに至るまで協力して成功したもので、医療行政と生存権の問題を扱う第二弾が今年から製作されるそうです。一作目の劇中では、敗戦後の憲法学者たちの議論に加え、GHQと丁々発止のやり取りを見せる白洲次郎の姿がクローズアップされます。実際、本作の脚本家は、護憲を訴える映画のシナリオを依頼された際、一度は白洲をメインに据えようかとも考えたようです。こうした筋書きを好んで受けいれる現在の「護憲派」は、おそらく日本国憲法が日本人によって起草され、他国からの圧力に対しても堂々と渡り合った上で制定されていなければ気が済まないのでしょう。どこまでいってもナルシスティックなその態度は、実はGHQによって押し付けられた憲法が日本の国体を破壊してしまったと嘆いてみせる、自己憐憫的な右翼の議論と表裏一体でしかないというのに。

(注2)雨宮自身の出自にもよるのでしょうが、靖国神社などに代表される歴史問題を驚くほど無頓着に切り捨てられる態度には、危惧を覚えざるをえません。たとえば、非正規労働者に対して投げつけられる自己責任論は、経済的変動によって流動化を余儀なくされた人間の選択を、自由意志に基づくものであるとして一顧だにしないという意味で、植民地時代の朝鮮半島からの労働力流入を「好きで日本へやってきたのだから補償の必要などないのに、今になって何を言うか」として、変動をもたらした政治権力の責任追及をあらかじめ回避する右翼の言論と、本来その思想の基盤を完全に同じくしているわけですから、こうした歴史問題を軽視することは出来ないはずなのですが。

(注3)彼は、貧困問題を左派批判の文脈で語ることに存在意義を見出されている論客であると私は捉えています。それは『論座』のみならず、『諸君!』および『m9』のような新旧右派メディアでも重用されていることから明白です。彼の議論はまず、貧困問題を左派が独占的に扱うイシューであるかのように位置づけた上で、それがなされていないことを批判しますが、ここに既に詐術があります。国民主義ないしは自民族中心主義的な福祉政策ならば、右翼政権であっても行ってきた歴史がいくらでもあるからです。だからそのような議論ならばいくらでも右翼は耳を傾けることでしょう。こうした欺瞞に基づく議論は、お決まりの「バカな左翼より話の分かる右翼」という既に古典的ですらある(つまり問題の解決に何の役にも立たなかったばかりか、悪化さえ招いた)レトリックを忠実になぞっていくことになります。論壇における赤木の存在は、それ自体が左派とイデオロギー対立の否定という意味を持っているのです。そして、「あるべき左派」を想定するのではなく、だらしのない現在のリベラル(「左翼」とは申しますまい。彼らはそもそも反差別主義の立場に立って平等性を希求することをしていないからです)のあり方を本質化して「左派批判」を繰り返す限り、そうなるのが必然です。

(注4)これは一つには、たとえば「派遣村」での野党や護憲勢力の活動を「無関係な問題への政治的動員を企んでいる」として攻撃するような右派の存在にもよるものでしょう。これ自体はお話にならない難癖に過ぎませんが(そもそも政党や運動団体は何らかの社会的集団や階層を代表・代弁することに存在意義があるわけですから、集票やオルグに回るのが当然で、そこで主導権を奪われるのが嫌ならば与党や右派も積極的に介入すればいいだけの話です。それをしないのは、貧困層に対する無関心ないしは敵対の表明と考えるべきですね)、しかしそれ以上に、日本の「市民運動」が内在してきた、ある種の反主知主義・経験至上主義によるところが大きいと私は思います。これはベ平連の小田実の受容に顕著です。彼自身は大変なインテリであるはずなのですが、そこは巧妙に見逃され、実践の現場で、しかも特定の政党によらずして(これも重要)活動をし続けたことのみが大きくクローズアップされるからです。

(注5) このような右派による「人権」攻勢に、あろうことか反戦・護憲を唱える市民勢力が、しばしば同調か、よくて沈黙程度の対応しか取れないことは大きな問題です。彼らの理論嫌いの姿勢は、「人権」概念を巡る政治的な闘争の上で自分たちが引き裂かれていることにすら気付けない現状を生み出していると言えるでしょう。

(注6)南京大虐殺についての見解も同様でしょう。右翼が「まぼろし」説を何度論破されても繰り返すのは、彼らが「虐殺などあっても無くてもどうでもいいではないか、それは個人の解釈次第なのだから」などという、いい加減な議論を、根本的に拒否していることを示しています。そしてその直感だけは正しいのです。
  • 2009.01.23 00:00 
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> 論文・エッセイ

金光翔「佐藤優の議員団買春接待報道と<佐藤優現象>のからくり」 



天木直人氏は、「佐藤優のイスラエル擁護に嫌悪感を抱かないリベラル・左派の気持ち悪さ」で紹介した記事の続きとして、自身の有料メールマガジンの中で、佐藤優とイスラエルの関係についてさらに述べている。

詳しくはそちらを直接見てもらいたいが、天木氏はここで、佐藤の能力を一定評価した上で、「しかし、同時にまた私は、早い段階から彼(注・佐藤)のイスラエル、しかもモサド(イスラエル情報機関)、シャバク(治安・警察機関)との結びつき、シオニズム(パレスチナ紛争の根底にあるイスラエルの政治的ナショナリズム)への共感を感じ取っていた」として、「ロシアでの人脈づくりの過程ではユダヤ人脈と繋がりが不可避であること」(佐藤自身も、『国家の罠』で、イスラエルとロシアの深い関係、「イスラエルの持つロシア情報」の重要性について語っている)など、そう感じていた理由をいくつか挙げている。

そして天木氏は、今回の『アサヒ芸能』での佐藤のイスラエル擁護記事を読み、「ここに来て私の推測は確信に変わった。彼は日本におけるイスラエルの代理人であると思う」と述べている。さらに天木氏は、以下のように述べる。

「インテリジェンスの専門と称する佐藤氏の情報源も、彼の言論界における異常なまでの「もてはやされ」ぶりも、そして彼があそこまで外務省批判を繰り返してひるまないのも、何もかもその背後にイスラエルの支援と擁護があるのではないか。資金提供さえも受けているのではないか。」

こうした指摘を念頭において、もう一つ、別の記事を読んでみよう。

それは、藤本順一「驚愕証言「訪ソ議員団売春疑惑」を暴く 佐藤優を参考人招致せよ」(『週刊文春』2007年3月8日号)である。

下のリンク先に、全文が掲載されている。
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/91bdeee042ad990dc13f251fe57f239a

この記事で藤本は、驚くべきことを書いている。引用しよう(強調は引用者。以下同じ)。


<佐藤氏を少なからず知る者として、そして日口外交の内幕を多少なりとも見聞きしてきた筆者は東京スポーツ紙の連載コラム「永田町ワイドショー」(2月3日付)に次のように書いた。

「佐藤被告自らがこれまで主張してきたように検察捜査が国策捜査というのならば、逆転無罪の可能性はゼロに近い。どうしても戦うというのならば、外務省を去ってからにしてもらいたい。今や、佐藤被告は国際情勢を語る評論家として言論界に確たる地歩を固めている。マスコミでさんざん外務省を批判しながら、一方で休職手当を貰っていたのでは国民の不信を招くことになる。この際、ジャーナリズムの側に生きる者としてケジメをつけるべきではないか。そして、日ロ外交に暗躍した自らの過去を含め、自民党政権の恥部を洗いざらい公表して欲しいものだ。それをしない限り、佐藤被告は永遠に元外務省分析官のまま終わってしまうだろう。残念な話である。」自民党政権の恥部と書いたのは、「いかがわしい接待」について以前、佐藤氏本人から直接聞かされていたからである。02年3月、佐藤氏が逮捕される2ヶ月ほど前のことだ。すでに逮捕を覚悟していたのだろう。「福田(康夫。元官房長官)と鈴木(宗男)先生以外はロシアで(オンナを)買っている。オレがみんな世話したんだ。こうなったら全部ぶちまけてやる」対ロ外交への思いを熱く語った約二時間にわたるインタビューの最後に佐藤氏は筆者に対してこうまくしたてた。」

当時、マスコミ世論は鈴木・佐藤コンビを対ロ外交をねじ曲げた売国奴とまで罵った。だが佐藤氏に言わせれば、そう呼ぶにふさわしいのは彼の地に赴いて「いかがわしい接待」を受けた国会議員の方だった。

「その話は聞いている。佐藤君は接待リストを持っているよ。ボクのところに名前を出さないよう頼んでくれ、と電話をかけてきた議員もいる。まったくふざけた話だ」佐藤氏の言葉を裏付けるように鈴木宗男衆院議員もこう証言する。

もし佐藤氏が国会の場でその一部始終をブチまけたなら、政界は激震に見舞われることになるだろう。

<ソ連が崩壊する前年の90年9月、「自民党・安倍晋太郎訪ソ団」がモスクワとレニングラード(現サンクトペテルブルグ)を訪れている。団長は故・小渕恵三元首相である。議員や秘書、関係者を含め総勢百九十名を超える大規模なものだった。日ソの平和条約締結と北方四島返還に政治生命を懸けた安倍首相の父・故晋太郎元外相の肝いりで決まったものだ。

(中略)

訪ソ団には、故晋太郎元外相が率いた清和会に所属する安倍チルドレンと呼ばれた若手議員たちも参加していた。今日の安倍政権につらなる議員たちだ。そのアテンド役を務めたのが佐藤氏だった。

今は非主流派に属するその一人が、匿名を条件に「いかがわしい接待」について証言する。

「ホテルの部屋の前まで、一時間置きに入れ替わり立ち替わりオンナが誘いにくる。ところが、佐藤に街娼は危ないから買うなと注意され、それじゃ夜何もすることがないからどこかに連れて行けと言ったら、バスに乗せられコスモス(ホテル)のディスコに連れて行ってくれた。カジノもあったかなあ。入場料が確か20ドルだった。店は出会いの場所を提供するだけで警察も目を光らせていた。こっちは交渉がまとまってモスクワ大学の女子学生にお持ち帰りされた。ずいぶん昔のことでどんな顔ぶれだったか?今や大臣クラスの人も一緒に遊びにいった。

もう一人、訪ソ団に取材で同行した大手紙のカメラマン(当時)の話だ。

「宿泊したモスクワのロシアホテルの私の部屋にも女性が来ましたよ。夜中の一時か二時ごろや部屋のドアをトントンと叩く人がいたんだよ。夜中だから、私もびっくりしてしまって、誰だろうと思ってドアを開けたら、女性が立っているんです。オーバーを着ていて、胸元が大きく開いていました。うす暗くてよく見えなかったですが、オーバーの下は下着しか着ていませんでした。なにか一言二言、言っていましたけど、私は慌ててドアを閉めました。学生みたいな若い女性でした。廊下にはホテルの従業員女性も座っていましたが、(売春婦と)通じているんでしょう。/山口敏夫〈元労相〉さんは、『私の部屋にも女性が来ましたが、“そういうことをしちゃいけませんよ”と説教してお金を渡して帰した』といっていました。/議員の各部屋にも当然女性が行ったのでしょう。二日目は各部屋に直接、電話がかかってきたみたいです。ソビエト連邦最後のときで、体制が乱れるとそうなるのかなと思いました。」

ちなみに、当時まだ晋太郎元外相の秘書だった安倍首相も昭恵夫人と共にこの訪ソ団に参加している。こうした雰囲気に感づいていたのかどうか。>



この後も、議員のロシアでの買春話が続くわけであるが、この件に関しては、『テーミス』2002年9月号においても、佐藤は同じ藤本によるインタビューで、以下のように語っている。


<佐藤 僕は、在モスクワ大使館当時、自民党の小渕訪ソ団一行のアテンドをしたことがある。彼らは、チャーター機2機を連ねてモスクワに来たが、その中の一部の議員が、「オイッ、夜の観光に連れて行け」といったものだ。/僕は16台の車を用意してその手の女性のアパートに彼らを引き連れていった/とくにひどかったのが、T議員やY議員(実名)だった。多くの日本の政治家は外交というと、夜の女性のことしか興味がない。少なくとも鈴木先生はそんな卑しい政治家じゃなかった。>
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/c9630ab888ff47eef1a9901dfa3d2baa


以上の記事での、佐藤が藤本に語ったという内容が事実であるならば、佐藤は、議員団に対して買春接待をしたということになる。そして、記事によれば、佐藤はその「接待リスト」を持っているらしい。

実際に、佐藤は、『週刊朝日』に寄せた手記で、以下のように書いている。


「私自身がモスクワ勤務時代に飯村豊氏(現フランス大使(注・当時))、原田親仁氏(現欧州局長(注・当時))などの指示に従いマスコミ関係者を篭絡するために偽造領収書を作成したり、国会議員の弱みを握るためにいかがわしい接待をしたことがある。」(佐藤優「独占手記 外務省の腐敗と国民へのお詫び」『週刊朝日』2007年2月16日号)


私が、これら『週刊文春』『テーミス』『週刊朝日』の、佐藤による議員接待に関する記述がある記事を読んだのは、つい最近のことである。佐藤は、『週刊朝日』の手記において、「国会議員の弱みを握るためにいかがわしい接待をしたことがある」と公然と語っている。

また、佐藤は、『週刊文春』および『テーミス』の記事で自身が語ったとする発言内容に関して、また、「接待リスト」を持っているという件に関して、これまで管見の範囲では否定しておらず、また、それらの記事への批判・反論を行っていない。これは、極めて奇妙である。なぜならば、佐藤は、『AERA』の自分を誉め上げる記事に対してすら、不満だとして記者に詳細な「公開質問状」を送りつけているからである。

上記2つの記事での佐藤の発言が、記者の捏造であれば、『AERA』 の記事とは比べ物にならないほど佐藤の名誉を毀損するはずである。なぜ沈黙を守っている(管見の範囲では)のか?上記の記事での発言が、『週刊朝日』の手記での佐藤の発言が強く示唆するように、佐藤がまさに藤本に対して発言した内容だからではないのか?

この『週刊文春』の記事が発表された時期までには、佐藤は既に『世界』の常連執筆者であり、『金曜日』でも連載を持って約1年が経っているから、『世界』『金曜日』の佐藤と昵懇な編集者たちが、この『週刊文春』の記事を知らないはずはあるまい。これは、佐藤と懇意の、斎藤貴男や魚住昭ら言論人たちも同じである。この時期には既に、佐藤ファンクラブのような組織である「フォーラム神保町」も立ち上がっている。

彼ら・彼女らはこの『週刊文春』の記事(そして『テーミス』の記事)に関して、どういう認識を持っているのだろうか?もちろん、『週刊文春』は「言論テロ雑誌」とでも言うべき雑誌であるが、一般人と異なり、佐藤は、記事に対して公的に批判・反論する場所をいくらでも持っているのである。『週刊文春』『週刊新潮』の下劣なデマ記事を往々にして鵜呑みにしているこの連中は、今回ばかりは、公的な反論はなくとも「佐藤さんを信じる」ということなのだろうか?それとも、佐藤の買春接待自体を容認しているのだろうか?

ついでに指摘しておくと、「<佐藤優現象>批判」の注「(17)」でも指摘したが、『金曜日』は、米国下院の「慰安婦」決議に関しての文章である梶村太一郎「これが「慰安婦」についての動かぬ史実 議員立法で補償の実現を」の次に、佐藤優「米「慰安婦」決議と過去の過ちを克服する道」を掲載しており、決議に関して明白な両論併記を行っている(『金曜日』2007年8月10日号)。

『金曜日』は、少なくとも「国会議員の弱みを握るためにいかがわしい接待をしたことがある」ことは認めている佐藤、議員団の買春接待が報道されており、もしその報道が虚偽であれば批判・反論を容易に行える立場にもかかわらず目立った形では全く行っていない佐藤に、他ならぬ「慰安婦」問題についての文章を(依頼して?)書かせているわけである。

さて、上で紹介したように、天木氏は、「ロシアでの人脈づくりの過程ではユダヤ人脈と繋がりが不可避」であり、佐藤が「イスラエルの代理人」であり、佐藤に対するイスラエルの「支援と擁護」、「資金提供」の可能性を指摘している。

とすると、この記事の内容が事実であり、天木氏の指摘が正しいならば、佐藤は、イスラエルの(資金的なものも含めた)支援と擁護のもと、議員団の買春接待を行い、数多くの政治家の弱みを握っている、という可能性が生じる。弱みを握られた政治家が、要人を佐藤に紹介して機嫌をとる、ということは容易に考えられるだろう。もし佐藤が数多くの政治家の弱みを握っているならば、要人との人脈は簡単に増えていくことになる。

佐藤は、対談相手や発言を見る限り、政治家や各界の著名人など、幅広い人脈を持っているように見える。上記の藤本の『週刊文春』の記事によれば、佐藤は安倍晋三とすら昵懇の間柄のようである。


<佐藤氏は87年8月にモスクワに赴任、95年4月に帰国するまでの7年8カ月あまりをモスクワで過ごしている。帰国した際、当時すでに国会議員になっていた安倍首相のところへ出向き、そんな日本の外交のふがいなさを嘆いている。

一時は辞職を決意した佐藤氏を慰留したのも安倍首相だった。

「佐藤さんは優秀な人材だから引き留めました。僕が首相だったら内調(内閣情報調査室〉に引っ張るんだけどね」

安倍首相は幹事長時代、筆者の問いかけにこう答えている。

あるいは外務省の体質批判を執勤に繰り返す佐藤氏が、休職中といえどもいまだ職員の身分を保障されているのは、その能力を高く評価する安倍首相の意向が働いているのかもしれない。>



なお、佐藤は自身を「国策捜査」の被害者だと主張し、『金曜日』等のリベラル・左派もそのように描いている。佐藤は、『国家の罠』(新潮社、2005年3月)では、以下のように書いている。

「現在の日本では、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではないかという構図が見えてきた。」(292~293頁)

だが、『地球を斬る』(扶桑社、2007年6月)の「あとがき」からは、佐藤の逮捕に関しては、イスラエルと佐藤との関係が背景になっているように読める。以下、関連箇所を引用しよう。

「5年前、2002年に鈴木宗男氏に対するバッシングが起きた背景には、イランに対する鈴木氏の慎重な姿勢に不満を持つ一部政治家と外務官僚の動きがあった。当時まかれた怪文書の中に筆者や鈴木氏を「ユダヤ人の手先」、「イスラエルへの情報提供者」というものがあったことがそれを裏付けている。/2000年4月にイスラエルのテルアビブ大学で行われたロシア問題を巡る国際学会に袴田茂樹青山学院大学教授、田中明彦東京大学教授達を派遣するための費用などを外務省関係の国際機関「支援機関」から支出したことが背任にあたるとして、鈴木宗男バッシングの嵐の中、2002年5月に筆者は東京地方検察庁特別捜査部に逮捕され、その後、東京拘置所の独房に512日間拘留された。(中略)/このようなイスラエルを舞台とする事件が作られたこと自体に、外務省内部でイランに共感を持つ反ユダヤ主義的な官僚の関与があったと筆者は見ている。また、特に反ユダヤ主義的意識がないと思っている外務官僚でも、鈴木宗男氏や筆者がイスラエルとのインテリジェンス面での提携を強め、正確な情報をつかむことが、鈴木氏の政治力を強めることになるので外務官僚の個別利益にとっては不都合だと考えたのであろう。筆者を巡る事件の最大の後遺症は、日本政府がイスラエルの情報を十分に活用できなくなってしまったことである。」(275~276頁)

また、『国家の自縛』(産経新聞社、2005年9月)でも、以下のように述べている。

「実は小泉政権の初期は非常にイランとの関係が進みました。アザデガンの油田開発で。しかし、これに鈴木宗男さんはストップをかけてましたからね。ここも実は石油利権、一部のイランロビー、それからイスラエルやユダヤ人に対して偏見を持つ日本外務省の一部の人たちや一部の政治家がいました。鈴木さんや私については、こういった人たちの力にやられた要素があるのですよ。これ、今まで言わなかった話なんですけどね。もう言っても大丈夫でしょう。」(115頁)

前回佐藤の発言を引用したように、佐藤はイスラエル全面擁護の方向に、日本の対パレスチナ政策、対中東政策を変えようとしており、しかも、藤本の記事の内容が事実であれば、買春という、多くの政治家の弱みを握っている。外務省内の権力闘争や佐藤の逮捕に大して興味はないが、佐藤の逮捕に関しては、「国策捜査」であることは変わらないとしても、むしろ佐藤とイスラエルとの関係が問題になっているのではないか、と思われる。

少なくとも、権力闘争の一方の側に過ぎない佐藤を、「国策捜査」の一方的な被害者と描こうとする、『金曜日』等のリベラル・左派はおかしい。現に、佐藤は以下のようにすら語っているのである。

田中(注・森一)氏も私も、国策捜査そのものに批判をしているわけではありません。国策捜査には国家や体制にとって必要な部分もあるのです結局、いつの時代にも、どの国にも政治犯罪というものはあります。ところが現代日本には治安維持法のような政治犯罪を取り締まるような法体系がないため、経済事件に一度無理やり転換することになります。だからどうしても無理な捜査になってしまうのです。/そして、こうした無理な国策捜査が行われているということは、やはり日本が国家として弱体化している証だと考えます。本当に強い国家というものは、無理な捜査というのはしないものなのです。その意味では今の日本は司法の危機的状況にあると言えます。」(佐藤優「「検察の正義」の正体」『月刊日本』2008年5月号)

『金曜日』は佐藤優とともに「国策捜査」批判キャンペーンを行っているが、治安維持法を制定すべきだ、と言いたいのだろうか?

なお、下のリンク先によれば、佐藤はこんな発言もしているようである(ただし、この『軍事研究別冊』2007年9月号の原典は未確認)。
http://outlaws.air-nifty.com/news/2008/12/post-78bc.html

「たとえば、『国家の罠』という本で、私は『国策捜査』という言葉を使ったけれども、じつは『国策捜査がいけない』とは一言も書いていません」、「国策捜査が必要な時は、否応なく来ます。たとえば北朝鮮と対峙する場合、これは当然、国策捜査で行くべきでしょう。緒方元公安調査庁長官の事件でも、結局は朝鮮総連が被害者になるような筋立てになってしまっていますが、そんな体たらくでどうするんだといいたいですよね。ああいう事件は当然、政治的に利用すべきですし、ここはしっかり国策捜査すべき局面でしょう。総連に対して圧力をかければ、拉致問題を巡る交渉も有利になるからです。それは先の段階で総連に対する圧力を緩めるということが、外交カードになるからです」

それでいて佐藤は、以前指摘したように、恐らく私の「<佐藤優現象>批判」への対応として、

「いま重要なのは、JR総連のような労働組合、部落解放同盟、そして在日外国人の運動――これは朝鮮総聯(在日本朝鮮人総聯合会)も含みます――です。このような、国家に頼らずに、お互いで助け合っていける団体がある。国家に対する異議申し立て運動をして、国家に圧力を加えられたとしても、自分たちの中で充足して、生き延びていくことができる。そのようなネットワークが複数ないといけません。これが国家の暴走を阻止し、民主主義を担保するのです」(『国家論』NHK出版、2007年12月26日発売、136~137頁)

などと言っているのである。呆れざるを得ない。




さて、私はこれまで、「<佐藤優現象>批判」をはじめとして、リベラル・左派が佐藤優に入れ込む理由について考察してきたが、こうした佐藤の幅広い要人との人脈も、リベラル・左派が佐藤に入れ込む大きな要因ではないか、と考える。

その背景には、リベラル・左派の「絶望」があると思われる。「<佐藤優現象>批判」の注の「(24)」で、以下のように述べた。

「佐藤が『金曜日』で連載「佐藤優の飛耳長目」を開始したのは二〇〇六年三月一〇号からであるが、興味深いことに、ほぼ同時期の二月一七日号で、国民投票法案に関する『金曜日』のスタンスが制定阻止から変化している(同号「編集後記」糟谷廣一郎執筆箇所参照)。(中略)/また、何か事件があった際に、専門家ではない有名人や文化人にコメントを求める傾向も、この頃から顕著になりはじめるように思われる。便宜上、この傾向を「護憲派のポピュリズム化」と呼んでおこう。例えば、この時期にライブドア事件が起こっているが、そこで「二人の識者」としてコメントが求められているのは、高村薫と香山リカである(「ライブドア事件をどう読み解くか」『金曜日』二〇〇六年二月三日号)。この後、香山リカは、『金曜日』誌面に頻繁に登場するようになる。こうした「護憲派のポピュリズム化」の中に、「護憲」や「平和」について有名人や文化人のメッセージを求める傾向、広告的なキャッチコピーによる「わかりやすい」護憲のメッセージを打ち出していこうという傾向を加えてもいいだろう。こうした傾向が相まって、現在の『金曜日』の、誰に読まれたいのか分からない、ぬるい誌面が構成されていると思われる。/なお、二〇〇六年二月前後にある程度まとまった、こうした動きは、二〇〇五年九月一一日の衆議院選挙における自民党圧勝への驚愕・絶望から生じていると、ここでは仮説を立てておきたい。」

『金曜日』が佐藤に入れ込む動機について、ここでは、「二〇〇五年九月一一日の衆議院選挙における自民党圧勝への驚愕・絶望」を仮説として立てた。ここでの「絶望」とは、万人が基本的に同等の「理性」または「良識」を持つことを前提とした上で、市民が各人の「理性」または「良識」を働かせた上で市民運動・社会運動に参加し、そうした運動の力により社会をより良い方向へ変えることは不可能だという認識、と言い換えてもよい。

『金曜日』にとって、その絶望感がどれほど深いかは、『金曜日』が9・11陰謀論にまで手を出すようになっていることから読み取れると思われる。このことを考える材料として、『金曜日』編集部員の成澤宗男の発言を取り上げよう。ただし、引用は、msq氏のサイトからの孫引きである(立読みして確認した限りでは、原典との大きな違いはないようである)。http://www.nbbk.sakura.ne.jp/911/zn/009.html

「(アメリカのテロとの戦いや、それへの日本の協力)に反対を表明する側においても、「テロは戦争では解決できない」という類のスローガンに象徴されるように、「テロとの戦い」があたかも政治的立場を超えて突き付けられた自明の「国際的課題」であるかのような認識が存在する。そうなると「テロとの戦い」をめぐっては、その「課題」の解決が軍事的手段で可能か否かという論争の次元に留まる。そこでは「否」と考える側であっても、「9.11」=「テロリストによる攻撃」という受け止め方は変らない。」(成澤宗男『続・9.11の謎 ―「アルカイダ」は米国がつくった幻だった!』(金曜日刊、2008年9月、9頁)

「・・・ブッシュ政権が開始した対テロ戦争(War on Terror)が、究極的には「9.11」を正当化の根拠としている以上、日本だけに留まらないが、「9.11」=「テロリストによる攻撃」という認識に立ちつつ、「戦争では解決できない」式のスローガンで対峙するのが有効なのだろうか。」(同上、9~10頁)

成澤のこの文章は、まわりくどくて今ひとつ分かりにくいが、私には、以下のリンク先のコメント欄の「樹々の緑」なる人物による要約と指摘が、その言わんとするところを示唆してくれているように思われる。

「一昨日、成澤宗男『続9.11の謎』を買って今読み進めているところなのですが、冒頭で非常に気になったのは、「テロは戦争では解決できない」という主張は、「9.11の謎」に比べれば“次元が低い”と断定しているところです。
 言い換えれば、「テロ対策として〈戦争〉は有効か」という“次元の低い”議論よりも、「テロ」そのものが存在しないことを突く方が一気に「戦争」を正当化する根拠を崩すことになって、より根源的である、という論理です。」

http://blog.goo.ne.jp/dabamyroad/e/0a01ba38470f68bd9d4bf277ae870f98#comment-list

9・11陰謀論に手を出すことが、左派にとって自滅行為であることは詳述するまでもあるまいが、9・11陰謀論への傾倒が、単に愚かさが理由であれば、まだ笑って(嘲笑して)済ませられるのである。だが、事態はより深刻なのではないか、と私は思う。

成澤は恐らく、9・11テロへの対応としてのアフガン戦争・イラク戦争に対して、「人道上許されない」または「国際法違反である」または「テロ対策として非合理的である」といった、聞き手に「理性」または「良識」があることを前提とした反対理由では、ポピュラリティを得ることはできない、したがって、戦争の流れを止めることはできない、と考えているように思われる。だからこそ成澤は、「理性」または「良識」を持ち合わせない(と成澤が考える)大衆も、アフガン戦争・イラク戦争に反対するように、9・11がブッシュらの「陰謀」であることを「論証」しようと懸命に努力しているのだ、と私は思う。

「<佐藤優現象>批判」でその認識の問題点を指摘したが、9・11(2005年)の衆議院選挙の選挙結果について、リベラル・左派は、大衆が愚かにもプロパガンダに惑わされて、自らの利害に反する小泉自民党に大量投票した、と認識したのである。リベラル・左派は、大衆が「理性」または「良識」を持ち合わせていることを前提とした言論活動を展開することに絶望したのだ。だからこそ、「護憲派のポピュリズム化」、<佐藤優現象>、『金曜日』の9・11陰謀論への加担、といった現象が起こっていると私は思う。

こうした絶望状態の下に、佐藤は降臨したわけである。佐藤は、政界をはじめ、幅広い人脈を持ち、積極的に『金曜日』とつながりを持とうとするのだ。さて、『金曜日』はどう考えただろうか。

私は、『金曜日』は、市民運動・社会運動によって社会を変えるよりも、佐藤とのつながりによって、佐藤の社会的上層部とのつながりを通じて、社会に影響力を行使する側に回ることを選択(というほど自覚的なものではないと思うが)したのだと思う。自己弁明としては、佐藤へ『金曜日』が働きかけて、佐藤が政治家ら要人や保守派(読者)に対して『金曜日』の主張を代弁することによって、『金曜日』の主張が社会的に広がる、という論理である。または、佐藤が媒介者となって、政治家ら要人と『金曜日』関係者が会合し、『金曜日』が直接影響を与える、ということもあるかもしれない。もちろん、佐藤と関わることによる、人脈の拡大(マスコミ人は大好きである)等の個人的な利益もあろう。

市民運動、社会運動の力によって下から社会を変えることは無理であるから、佐藤優(の諸活動や人脈)を通じて上の中で、上から社会を指導する、あるいは、社会をいじくりまわすことを志向した、と言い換えてもよい。体制側(の一部派閥)に自分を売り込むことによって政治的影響力を行使(あるいは、行使したつもりになる)する道を選ぶ志向になりつつあるのではないか。ここでは『金曜日』は「市民の週刊誌」というよりも、胡散臭い政治集団のようなものになっている。

この論理であれば、佐藤がどんな右翼政治家と結託していようが、胡散臭い団体と関わっていようが、全く問題ないことになる。むしろ、それは却って望ましいとすら言える。『金曜日』は、佐藤を通じて、そうした人々にすら影響を与えられる(ように見える)からだ。かくして、絶望し、無力感に浸っていた『金曜日』は、佐藤という魔法使いによって、瞬時に強大な社会的影響力を行使できるようになった!・・・と考えた(考えている)のではないかと思われる。

『金曜日』は、このところの保守論壇において、格差社会批判、グローバリゼーション批判の論調が強まっているのは佐藤の言論活動のお陰である、または、佐藤を通じて『金曜日』が与えている影響のためである、と考えているのかもしれない。佐藤からすれば、そう思わせることは朝飯前だろう。だが私見によれば、それは佐藤の保守派への影響力の過大評価であって、グローバリゼーションによる貧困層の増大、地方経済の空洞化に直面した際に、「格差是正」を主張する保守派が台頭することは、恐らく先進国一般に見られることである。キャメロン党首以後のイギリスの保守党が典型であり、日本でも、小林よしのりらは早くからこうした主張をしている。佐藤はこの趨勢に自覚的に乗っているに過ぎない。

保守派論壇内で、佐藤の力によって生じた変化と言えば、せいぜいが『金曜日』の常連執筆人(青木理、魚住昭、山口二郎といった佐藤の取巻きたち)が、『SAPIO』でしばしば登場するようになったこと(まさにこのことから、『金曜日』関係者には、「佐藤さんの力で、右派がまともになりつつある」と映っているのではないか)くらいのように見える。それは、彼・彼女らが保守派にとって何ら脅威にならないということを意味しているだけであって、事実、『SAPIO』でも大したことは言っていない。右派論壇誌の編集者が自分たちの雑誌の単調さに辟易していることは、よく言われることであって、佐藤が紹介してくる、毒を持たないリベラル・左派は、右派論壇誌の編集者にとってはかえって大歓迎だろう。

そして、言うまでもないが、仮に佐藤の力でどれだけ保守派の論調が大幅に変容するということがあったとしても(ただし、小林との「戦争」での佐藤の醜態により、その可能性はほぼなくなったと言える)、それが「国益」中心主義的なものを超えることはあり得ない。「佐藤優のイスラエル擁護に嫌悪感を抱かないリベラル・左派の気持ち悪さ」でも書いたが、佐藤と結託するリベラル・左派は、「国益」とはその諸権利の擁護が必ずしも合致しない人々のことはほとんど眼中にないからこそ、佐藤と簡単に結託できるのである。そして、佐藤と結託することで『金曜日』は、自らの拠って立つ理念、信頼性、盲目的ではない熱心な読者(私は違う。念のため)といった財産を、どぶに捨てていっているように見える。

『金曜日』が佐藤と最も顕著に結託している(注)から、ここでは『金曜日』を例に挙げたが、原理的には他の雑誌、団体、個人でも同じである。苦境に陥っている団体は、佐藤から声がかかれば、喜んで飛び込むだろう。左右を超えた佐藤優の人脈を構成する一員となり、佐藤の広範な人脈を利用することが、存続を有利にすると考えるだろうからである。

例えば、「フォーラム神保町」の事務所は二つあるようであるが、それぞれ、部落解放同盟系の解放出版社の東京営業所と同じ建物(http://www.forum-j.com/map.html) 、元解放出版社の小林健治が社長を務める「にんげん出版」と同じ建物であり(http://www.forum-j.com/agreement.html  この会員規約の「第8条」参照)、「世話人」のうち、小林は元解放出版社、多井みゆきは解放出版社社員である(会員規約「第4条」)。このように、佐藤は要人との広範な人脈を背景に、行き詰っている団体や、絶望している左派メディア・言論人を簡単に回収することができる。

私は、「<佐藤優現象>批判」で、佐藤を、近衛新体制における近衛になぞらえたが、まさにここで起こっていることは、状況に絶望し、上からの現状打破志向を持った左派知識人や、同じく絶望した上で「バスに乗り遅れるな」と切迫感を持っていた諸団体が、近衛新体制に飛び込んで行ったことと同じだ。論文で指摘したように、まさに集団転向現象である。




まとめよう。<佐藤優現象>の要因として、「<佐藤優現象>批判」では、リベラル・左派の人民戦線的志向、改憲後に備えた保身願望、「国益」中心主義的なものへの変質を挙げた。また、これらに加えて、リベラル・左派の中心的人物たちによる、保守派に対抗するナショナリズムを醸成したいという欲望(「岩波書店社長・山口昭男氏と佐藤優」)、出版社・書店の商業上の要請(「辺見庸の警告と<佐藤優現象>の2つの側面」)、佐藤が自分たちを宣伝・応援してくれることへのリベラル・左派の期待(「佐藤優のイスラエル擁護に嫌悪感を抱かないリベラル・左派の気持ち悪さ」)、といったものも要因として挙げてきた。

今回、それらの要因に、「2」で指摘したように、2005年の9・11選挙の結果へのリベラル・左派の驚愕・絶望に由来する志向、すなわち、佐藤の要人との広範な人脈に依拠して、佐藤優(の諸活動)を通じて上の中で、上から社会を指導する、あるいは、社会をいじくりまわすことへの志向を追加したい。

そして、その佐藤の要人との広範な人脈は、「1」で取り上げたように、『週刊文春』の藤本の記事での佐藤の発言と記事内容が事実であれば、「議員や秘書、関係者を含め総勢百九十名を超える」規模の訪ソ団の団員たちに対し、佐藤がアテンドとして買春接待を行い、その際の「接待リスト」という爆弾を佐藤が保持しているというところから、生じていると言える。

そして、佐藤がイスラエルと密接な関係を持ち、佐藤がイスラエルのエージェントとすら見える言論活動、政治活動を行っているところから、佐藤がイスラエルから、資金提供を含めた支援を受けているのではないか、という疑問が生じる。もちろん、佐藤の資金源としては、イスラエル以外の組織、団体、勢力も考えられるだろう。

したがって、『週刊文春』の藤本の記事での佐藤の発言と記事内容が事実であれば、「2」で挙げた要因およびこれまでに挙げた要因から、<佐藤優現象>の基本的なからくりは、ほぼ合理的に説明できると思われる。もちろん、藤本の記事は、現時点ではあくまでも参考資料とのみ見るほかはないが、『AERA』の好意的な記事にすら詳細な「公開質問状」を送りつけた佐藤が、藤本の記事には目立った形での批判・反論を行っていないことも付記しておかなければなるまい。


(注)『金曜日』が自身の集会のポスターで「日の丸」を掲げたことに関して、北村肇編集長は、下のリンク先で弁明している。北村編集長は、ほぼ同時期に、『金曜日』本誌でも同趣旨の弁明を行っている。
http://www.kinyobi.co.jp/blog/?p=81#more-81

なぜこれが弁明たりえると北村編集長が考えたのか自体が、理解に苦しむ弁明なのだが、北村編集長が「読者の方から疑問の声が届いた」ことに応じて弁明したというこの事実は、『金曜日』の佐藤の起用が、『金曜日』読者の声によるものではなく、また、佐藤を使うことによって新しい読者層を開拓できているからでもなく、編集部主導で行われていることを示唆している。佐藤ファンが「日の丸」に違和感を覚えるとは考えにくいからである。

かつて私は、「<佐藤優現象>批判」の注「(24)」で、「『金曜日』は定期購読者が支えているらしいから、本気で「平和」「人権」を守りたいと考えている人間は、編集部の体制が変わるまで同誌の購読・購買を「ボイコット」すべきではないか」と提起したが、これはもはや無駄だと思われる。仮にボイコットの結果、採算的に危険なレベルに達したとしても、佐高ら上層部は「下から社会を変える」ことができるとはもう思っていないだろうから、編集部の体制を変えて、佐藤を切るなど編集方針を改めて、失った読者層の回復に努めるのではなく、廃刊するまで佐藤を使い続けて<佐藤優現象>を継続させようとするだろう。

仮に、佐藤を使い続けることが部数減につながっているとしても、廃刊しても別に生活には困らない佐高ら編集委員だけではなく、『金曜日』社員も佐藤を使い続けることには異を唱えないだろう。『金曜日』は経営が思わしくないらしいから、佐藤を切って既存の読者層をつなぎとめて雑誌を生き延びさせることよりも、佐藤と近づきになり、森達也や香山リカといった売れっ子を紹介してもらうなど、「人脈」を拡大させた方が、編集者としての転職には有利に働くと考えるだろうからである。したがって、今後、『金曜日』が佐藤を切ることは、恐らくないと思われる。
  • 2009.01.18 00:00 
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