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浅野健一「これでは岩波版の<特定秘密保護法>だ――岩波書店就業規則改悪問題」 

(※管理人注:この文章の掲載に関しては、http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-51.htmlを参照のこと。強調部分は、http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-49.htmlで言及されていない箇所)

「これでは岩波版の<特定秘密保護法>だ――岩波書店就業規則改悪問題」

                                      浅野健一

表現の自由は民主主義社会にとって最も重要な基本的人権であるが、岩波書店は、会社の指定した機密情報を流したり、岩波書店の刊行物に論文を書いた著者を誹謗中傷したりした時は懲戒解雇するという就業規則を導入しようとしている。これは異常であり、あってはならないことだと思う。もちろん、共同通信社にも学校法人同志社にもこんな馬鹿げた規則はない。憲法違反の就業規則だ。

岩波書店は「就業規則」の全面改定を労働組合に提案しており、就業規則改定案の第10条の2で、<職員は、会社の名誉を傷つけまたは会社に損害を与える行為をしてはならない>と規定している。また、第41条の4では、<会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき>、社員は諭旨解雇または懲戒解雇とすると定めている。

また、第41条の7では、<会社は、他の職員の懲戒に該当する行為に対し、ほう助または教唆もしくは加担したことが明白な職員については、本人に準じて処分する>としている。

この改定案には安倍晋三自公政権が導入した特定秘密保護法の岩波バージョンがある。<第2章 服務規律>第10条に<職員は、会社および関係取引先の機密を外部に漏らしてはならない>とあり、<外部に漏らしてはならない機密>とは<経営状況や経営方針に関する文書やデータ><取引先との取引情報、取引先を通じて知った秘密情報>など5項目が規定され、<その他、以上に準じる機密保持を要する情報>も対象になる。

また、第12条の2で、<職員は、会社が指定した機密情報について、雇用期間中だけでなく退職(解雇を含む)後も機密として保持し、第三者に開示もしくは漏えいせず、または自己もしくは第三者のために使用してはならない><職員は、会社の承諾がない限り、機密情報を複製してはならない>と定め、<職員は会社を退職する際、保有する前項の機密情報に関する文書・資料等(その複製物も含む)をすべて会社に返却しなければならない>と規定している。

改定案には、「機密」「秘密情報」「機密情報」「機密を故意に漏洩」「情報を消失させもしくは破壊」とい表現が10回も出てくる。岩波書店は膨大な機密、秘密情報を抱え込んだ会社なのかと思う。まるで公安警察、内閣情報室、公安調査庁、自衛隊諜報機関の内規のようだ。

「職務上の指揮命令」「業務上の指示・命令」が強調されている。問題はどういう機関・人間が、どんな基準で会社の名誉を傷つけたか、機密情報に害とするかどうかを判断するかだ。また、機密情報に「準ずる」ものはどういうものかも不明だ。判断する基準は事前に開示されるだろうか。ほう助、教唆も対象になっているが、その範囲や基準は明示されていない。

<第4章 勤務>に 会社の風紀を乱し、または乱す恐れのある者は社内への入館を禁止し、または退館を命じることができるとある。「恐れ」はいくらでも拡大解釈できる。

ここでいう岩波書店の「著者」というのは、岩波書店の定義では、記事、論稿を一度でも岩波書店の刊行物に書いたことのある人で、関係取引先は、岩波書店が広告を出している新聞社、雑誌社を含むという。

会社から就業規則違反を指摘された時に、問題とされた職員は異議申し立てをすることができるのか。異議を申し立てた場合、どういう機関で審査するのか。手続きの規定はあうのか。執行部、役員会から独立したオンブズマン的な機関がなければ、社長以下の役員たちが恣意的に運用できる。

退職時に、秘密情報はすべて返却せよというのは事実上不可能だ。頭の中にある記憶を消すことはできない。岩波書店の機密を漏えいした職員は解雇するというのは、安倍自公政権より危険な発想で運用だ。

岩波書店社長である岡本厚氏は、岩波の刊行物に何度も書いたことのある著者の私を誹謗中傷している。例えば、私が第1作の『犯罪報道の犯罪』で取り上げた冤罪被害者、小野悦男さんが無罪確定・釈放後に事件を起こして逮捕起訴された際、小野さんの無罪確定事件も怪しいと『世界』誌上で書いた牧太郎氏を擁護し、私を非難した(注1)。また、浅野ゼミと北海道新聞が共同で企画した西山太吉さんと吉野文六さんの対談に関して私が『週刊金曜日』に書いた記事について、2010年4月12日、浅野ゼミの関与はウソだと週刊金曜日編集長に抗議している。道新側の要請で対談の直前に参加した岩波書店の『世界』編集部と岡本氏は、もともと私と道新の徃住嘉文記者が対談を企画し、実現させたことを知らなかったのだ。岡本氏はいまだに非を認めず、私と浅野ゼミに謝罪していない(注2)。

私は22年間、共同通信の記者を務めていたが、『「犯罪報道」の再犯 さらば共同通信社』(第三書館)などで、当時の社長の不正経理が内部処理されたことを明らかにした。また、『天皇とマスコミ報道』(三一書房)・『客観報道』(筑摩書房)や雑誌記事などの中で、昭和天皇が死亡した1989年1月、共同通信は天皇の死を「崩御」と表現したが、共同通信社内で「崩御」使用を決定した中心人物が当時ニュースセンター(見出し・校閲などの編集局の中枢部門で旧称は整理本部)の責任者で、後に関東学院大学教授になった元新聞労連新研部長・共同通信労組委員長の丸山重威氏だったことも書いた。岩波書店の改定就業規則ではこういう著述は許されないことになる。

『週刊金曜日』で私と共に「人権とメディア」を連載している山口正紀氏は読売新聞記者時代に、読売新聞のロス銃撃事件報道などを批判した。共同通信記者の中嶋啓明氏も共同通信や共同の加盟社の報道を批判の対象にしている。しかし、読売や共同が就業規則を持ち出して、処分をちらつかせたことは一度もない。

岩波書店の名誉というのは何だろうか。職員の言論の自由を縛り、企業機密を守ることにエネルギーを使ううちに、出版業の大切な原点が忘れられていくだろう。縁故採用をネットのHPに載せるような愚かな行為こそ、岩波書店の名誉を毀損しているのではないか。

リベラルなマスメディア企業の中で、「著者」や「関係取引先」や「職員」(社員)への誹謗中傷を懲戒解雇処分とするという規定を行っているメディアを知らない。

言論機関にとって重要なのは、社内言論の自由だ。社員みんなが情報を得て、自由で闊達な議論をたたかわすことが何より大切だ。意見の違いを述べ合うことだ。controversial(論争的)であることが大事なのだ。社長も、一社員も平等の権利を持って。
 
岩波書店にこのような就業規則が導入されれば、職員は萎縮し、お互いが疑心暗鬼になり、風通しの悪い職場になるだろう。相互監視の暗い職場になることは間違いない。これが他のメディア企業に広がった場合、報道・出版界全体が活力を失うだろう。

日本はもともと「お上」に弱い社会だ。会社も同じで、上司の顔色をうかがい、長いものに巻かれろの社員が多い。また、安倍晋三自公政権がネオファシズム、戦前回帰を狙う中、ジャーナリズム性をどんどん失ってきた日本の言論界はさらに衰退するであろう。

自分の首を絞めるような愚かな就業規則を導入すれば、岩波書店は人民の信頼を失い、ただの情報産業会社に成り下がるだろう。


(注1)『新版 犯罪報道の犯罪』(新風舎文庫)185~191頁と、『犯罪報道の再犯 さらば共同通信社』第一章「第二次小野悦男さん報道の大問題」に詳しく書いているので参照してほしい。

(注2)詳しくは、同志社大学・浅野健一ゼミホームページ(2013年3月末に不当解雇されたため、他の教員のHPへ移管)を参照のこと。
http://www1.doshisha.ac.jp/~yowada/kasano/FEATURES/2010/20100317_nishiyamayoshino.html



  • 2015.03.30 23:32 
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愼蒼宇「「著者」の一人として岩波書店の就業規則改悪のとりやめを求める」 

(※管理人注:この文章の掲載に関しては、http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-50.htmlを参照のこと)

「「著者」の一人として岩波書店の就業規則改悪のとりやめを求める」
 
                         愼蒼宇(シン・チャンウ)

岩波の就業規則改悪問題が話題になっている。金光翔氏によれば(首都圏労働組合特設ブログ:「岩波書店の就業規則改定案について」)、岩波の就業規則改定案の「論旨解雇または懲戒解雇」の条文(第41条の4)に、「会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき」とあり、さらに第41条の7には「会社は、他の職員の懲戒に該当する行為に対し、ほう助または教唆もしくは加担したことが明白な職員については、本人に準じて処分する」とある。さらに、第24条の2には、「会社は、次のいずれかに該当する職員に対し社内への入館を禁止し、または退館を命ずることができる」と定め、その対象のなかに、「会社の風紀を乱し、または乱す恐れのある者」も挙げている。

ここでいう「著者および関係取引先」は、極めて多数に上るのだから、金光翔氏もブログで述べるとおり、岩波の社員は「何も発言するな」と言われているに等しいであろう。これは言論・表現・政治的活動の自由を侵害するばかりでなく、この条文をときの執行権力が極めて恣意的な拡大解釈をすれば、会社の中に異常な相互監視と排除の空間を創り出すことが可能になるであろう。言論を基盤とする岩波のような会社の中で、会社の方針や内実への批判を封じ込めようとする就業規則を作ることは自殺行為に等しい。加えて、このブログの中で紹介されている浅野健一氏のコメントにもあるように、岩波の異常な就業規則の導入が、ほかのメディア企業に広がれば、報道・出版界全体で委縮し、活力を失うであろう。

私は岩波で論文を書いた事がある「著者」の一人として、こうした懸念のもと、岩波書店に就業規則の改悪をとりやめるよう強く求める。

また、この就業規則改悪の問題は、以上の点にとどまらない。金光翔氏の上記ブログに加え、鄭栄桓氏もブログですでに指摘しているように(「岩波書店の就業規則改悪問題と在日朝鮮人への言論弾圧」)、今回の就業規則改悪は、在日朝鮮人の言論活動への弾圧という側面を有しており、それはこれまでの金光翔氏の言論活動に向けられうるものだと考えざるを得ない。金光翔氏は、2007年11月に論文「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号、2007年11月)で、佐藤による排外主義的主張の展開(とりわけ、歴史認識の問題、対朝鮮民主主義人民共和国、対テロ戦争に対する)が、いわゆるリベラル・左派によって黙認される現象(〈佐藤優現象〉)に焦点をあてて、そこで中国や韓国の「反日ナショナリズム」論やポピュリズム論、格差社会論を媒介として様々な諸勢力がからみあい、もつれあいながら「集団転向の寄り合い」としての左右合作=「国民戦線」(左右の硬直したイデオロギー対立を超える、を名目に)が形成されることを浮き彫りにしたうえで、在日朝鮮人への弾圧を煽る佐藤優を他でもない岩波書店が積極的に起用することを批判し続けてきた。この指摘は極めて鋭く、私はその内容への賛意を2009年7月28日に書いた(「金光翔氏の<佐藤優現象>批判によせて」)。

そのなかで、私は以下のように書いた。

私は金光翔氏の丹念な読解と実証に基づいた論稿を読み、ここ10年ほどのあいだ、ずっと疑問を感じながらもうまく整理することができなかった、朝鮮問題に対するリベラル・左派の対応の在り方の特徴とその背景をようやく構造的に理解することができました。このような思いは、在日朝鮮人に対する日本社会の右から左にまで幅広く跨る、見えにくくも分厚い「壁」にぶち当たってきた人々には痛いほどよくわかるのではないでしょうか(近年は在日朝鮮人の一部も「日本社会は良くなった」「もう差別はなくなった」という趣の発言を陰に日向にして「重宝」されているために、なおさらその「壁」を告発することは困難になっている)。そして、自分は批判的な立場にいるのであって、マイノリティを抑圧する「壁」の側に片足をかけているなどとは少しも思っていないリベラル・左派の人々やそれに野合する周縁の人々は恐らく金光翔氏の論文に不快感を覚えつつも、表だって反論することはせず、陰で批判をしながら光翔氏を排除しようとしていることでしょう。これは光翔氏の指摘がそれだけ図星であったからであると私は確信しています。

その後、金光翔氏は佐藤優や右派メディアだけでなく、社内からも攻撃にさらされるようになり、その際には、「〈佐藤優現象〉に対抗する共同声明」(2009年10月1日)が128名(2014年2月7日現在)の署名のもとに出された。その後も、岩波書店は金光翔氏に労働条件に関する理不尽で民族差別的な措置をしようとし、そのたびに「岩波書店の出版事業に著者として関わってきた者の立場」から反対の声明や抗議文が出されてきた。この一連の過程を見てみれば、今回の就業規則の改悪案も、金氏の言論活動へのこれまでの攻撃の延長線上に位置付けて考えざるを得ず、その民族差別の執拗さに、深刻な懸念を抱かざるを得ない。鄭栄桓氏と同様、私も、改めて岩波書店に金氏の言論活動の侵害を即刻やめることを求めると同時に、就業規則改悪案への批判に賛同する。

私は「金光翔氏の<佐藤優現象>批判によせて」の最後で、

光翔氏は職場で「嫌がらせ」を受けるリスクを日々引き受けながら、<佐藤優現象>に対する徹底抗戦を今もブログや裁判闘争を通じて続けています。私は改めてその姿勢を支持すると同時に、私も朝鮮近代史研究に携わる人間として、南北朝鮮・在日朝鮮人や他のアジア諸国から起こる「反日ナショナリズム」への批判を媒介とした、リベラル・左派やその他周辺的存在の「集団転向の寄り合い」による、単純な反日ナショナリズム批判やそれと符合する修正主義的な歴史観の展開や、暴力の真相究明や責任追及をあいまいにする「和解」路線、そしてそういう言論や研究を繰り返している研究者や出版人に対しても、強い抗議の意を示していきたいと思っています。

と書いた。あれから5年たつが、こうした現象はさらに深刻さを増しているように見える。だからこそ、金光翔氏の諸論考はさらに説得力を持つものとなっている。私の上記した賛同の意志は、現在も変わらないばかりか、なお強くなっているということを改めて述べておきたい。

さらに、私も岩波書店の出版事業に朝鮮近代史、日朝関係史関係でいくらか関わってきたからこそ、金光翔氏の言論活動を封殺しようとする一連の行為は、在日朝鮮人の研究・言論活動にも抑圧的な影響を及ぼしかねない、という強い疑念を抱いていることをここに表明しておきたい。

2015年3月24日

  • 2015.03.25 00:00 
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金光翔「陳述書」 

※:以下は、2010年4月21日に、東京地裁に提出した原告陳述書である。ウェブ上での掲載にあたっては、見やすさを考慮して、各見出しを強調化した。その他の強調箇所は原文通りである。※
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平成21年(ワ)第19716号
原告  金 光翔
被告 (株)新潮社 外2名


陳 述 書


平成22年4月21日
東京地方裁判所民事第5部合議係 御中
原告 金光翔


1.はじめに

 私は、2003年11月の岩波書店入社試験に合格し、12月1日付で同社に入社しました。もともと私は大学卒業後、出身大学の子会社に就職し、3年半ほど調査業務を行なっていたのですが、前職在職中に、知人から、岩波書店が中途入社の人員募集を行なっていることを聞き、応募したのです。知人は、私が岩波書店の刊行物を多く読んできたことを知っている人物でした。私が大学4年生の就職活動の年度には、岩波書店は新規採用を募集しておらず、数年ぶりの募集でした。私としては、当時の職場や仕事にも愛着はありましたが、「平和」や「人権」を擁護する数々の本、学術的に優れた本を数多く出版し、また、同社の出版姿勢を大変好ましく思っていました。

 特に、同社が発行する雑誌『世界』が編集部の名で、2003年2月号(2003年1月8日発売)の誌上に発表した「朝鮮問題に関する本誌の報道について」(甲75号証)には、非常に感銘を受けました。そこでは、「本誌がいま改めて自らの朝鮮報道の基本的姿勢について明らかにしようとするのは、第一に、現在の北朝鮮バッシングや日朝正常化を一歩も進めまいとする言説、あるいはそれに対する意識的、無意識的な同調の中に、従来から変わらぬ日本人の朝鮮認識の歪みがまたしても見出されると考えるからだ。」との前提の下、「本誌が朝鮮との関係を日本の根深い問題と位置付け、これに取り組むのは、まずこの異常さを日本人が認識し、自らの責任で解決しようと努めること、そして私たちが踏みつけ奪おうとしてきた隣人と心の底から和解するためである。それが、日本近代史の最大の歪みを正し、日本人の中に道義と正義を回復することになる。北のためでも、南のためでもない。まず第一に、日本人自らのためである。」「日本と朝鮮の和解のためには、朝鮮半島の人々がもっとも望み、またもっとも苦しんでいる問題の解決に、日本が尽力することではないか。  それは南北の和解と統一という問題である。」「民間の一雑誌が、一体民族間の和解や南北分断の克服といった大きな課題に、どれほどの寄与ができるのか、といわれるかもしれない。しかし、本誌はそれを担おうとしてきたし、またこれからも担おうと覚悟している。   戦争、対立、分断ではなく、平和、和解、連帯を。本誌の一貫した姿勢はこれに尽きる。」との、同誌の「朝鮮問題」に関する「基本姿勢」が示されており、その姿勢は過去を通じて「一貫したもの」であるとされていました。また、文章全体に見られる情勢認識や歴史認識も、概ね同意できるものでした。

 このような雑誌を発行している出版社ならば、私も企画・編集活動等で活躍でき、同社の発展にできると考え、応募した次第です。私が入社面接でこのような思いを述べたところ、面接に当たった山口昭男代表取締役社長をはじめとした役員方からの共感を得たように、私には感じられました。

 入社以来、私は、宣伝部に配属され、2006年4月1日付で、『世界』編集部に配属になりました。以下、『世界』編集部への配属と異動経緯に関する私の経験について、本訴訟での争点に即して述べたいと思います。


2.原告には耐え難かった『世界』の編集方針

 私が岡本氏に『世界』編集部からの異動願いを出したのは、基本的には『世界』の編集方針を理由としたものであり、私にはそれが受け入れられず、編集に従事することが精神的な苦痛と感じるがゆえに、自らの「思想・良心の自由」を守りたいと考えたからです。以下、どのような編集方針を苦痛と見なしたかを述べます。

 まず、『世界』編集部が被告佐藤を起用する方針をとっていたことが挙げられます。
 
 私が被告佐藤の著作をまともに読むようになったのは、2006年秋頃のことでした。被告佐藤が、『世界』2005年7月号から2006年4月号にかけて全9回で連載していた「民族の罠」もざっと見てはいましたが、そこではそれほど問題となる発言を見た記憶はなく、内容も取り立てて興味も引きませんでした。私は右派メディアの新聞や雑誌をそれほど読んでいなかったので、被告佐藤が右派メディアでどのような発言をしているかは全然知りませんでした。

 何が発端であったか記憶は不確かですが、偶然、インターネットサイトの「フジサンケイビジネスアイ」)(右派メディアの代表である、産経新聞社が経営している)で、被告佐藤の連載記事を読み、被告佐藤が数々の、『世界』やその他リベラル・左派メディアでは全く行なっていないような帝国主義的・排外主義的な主張を展開している事実を見て驚愕し、被告佐藤が右派メディアで行なっている発言を私は調べることになりました。

 当時、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による、2006年7月5日のミサイル発射実験、10月9日の核実験により、朝鮮半島をめぐる政治情勢は極めて緊迫していました。この間の状況については、『世界』の代表的執筆者の一人である姜尚中が、以下のように的確に描写しています。

「北朝鮮がミサイル発射の実験を行い、しかも核実験まで強行するに及び、国際世論は北朝鮮の「愚行」に激しい反発を露にした。そして日本国内の世論は激昂し、「朝鮮有事」の声すら飛び出す始末だった。さすがに、その騒然とした世論の風向きに、わたしも萎縮し、持論を引っ込め、少しでも風当たりが弱まっていくことを願うしか他にすべはない状態に追い込まれた。

「もしかして、戦争が起きるのでは・・・・・・」。新聞や雑誌、ラジオやテレビなど、見るもの、聞くものがすべて、「(北)朝鮮征伐」のようなトーンであふれ返っていた。

「やはり先生、在日朝鮮人は、この日本では生きていけませんね」。諦念とも、自嘲ともつかない言葉を耳にするにつけて、わたしは内心、激しい反発を覚えていた。

「もう一度、あんな凄惨な内戦をやれと言うのか。民族が殺しあう戦争で甦ったのはどこの国なのだ。『北朝鮮をやってしまえ』。それでどれだけの無辜の民が犠牲になるのか、わかっているのか」

こんな反発がわたしの中にむくむくと頭をもたげてくるのだが、そのはけ口はどこにも見当たらなかった。四囲どこを見ても、「(北)朝鮮征伐」にのめり込んでいく世論ばかりだった。」(姜尚中『在日』集英社文庫、2008年1月25日発行、218~219頁)

 私も上の姜と同様の認識を当時持っており、このような状況に心を痛めていました。

 また、2006年には朝鮮総連や関係団体への強制捜索が相次いでいました。これが、日朝関係の情勢の緊迫という政治的な背景のもとで行なわれたものであることは明らかでした。私は、日本の公立・私立学校出身であり、朝鮮総連系の団体に所属したこともなく、朝鮮総連の主張やこれまでの行為に対しては批判的見解を持っている点も多いのですが、朝鮮学校出身者の友人が何人もいたこともあり、また、同じ在日朝鮮人として、このような日本政府の行為と、それを先導するマスコミに対して強い怒りの感情を抱きました。

 そのような状況の下で、被告佐藤による北朝鮮への武力行使の必要性の主張、在日朝鮮人団体への弾圧の必要性の主張を読み、大変驚き、かつ怒りを覚えました。

 また、被告佐藤は、上の点だけでなく、イスラエルのレバノン侵略の肯定、首相の靖国参拝の肯定、『新しい歴史教科書』とその教科書検定通過の擁護、朝鮮半島の統一が日本の国益に適わないという主張、日朝交渉における過去清算の徹底的な軽視など、私としては絶対に許容できず、しかも、『世界』の従来の論調と真っ向から対立していると思われる主張を積極的に行なっていることを知りました。私としては、雑誌はなるべく多様な見解が載ることが好ましいと考えていますが、上に挙げた論点は、『世界』としては譲れないはずの重要なものばかりであると考えました。

 また、被告佐藤は、メディア上で多数の媒体に執筆しており、ベストセラーの書籍も刊行しており、大きな影響力を持つので、被告佐藤を『世界』が起用することは極めて問題である、と私は考えました。なぜならば、「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」(甲29号証)が指摘するように、『世界』のような「「人権」や「平和」を標榜するメディア」が「佐藤氏を積極的に誌面等で起用することは、人権や平和に対する脅威と言わざるを得ない佐藤氏の発言に対する読者の違和感、抵抗感を弱める効果をもつことは明らか」であり、また、「創刊以来60年、すでに日本唯一のクオリティマガジンとして、読者の圧倒的な信頼を確立しています。」などと自称し、また、学術的に書籍を多数出版しているとの社会的評価と信頼感を一定有する岩波書店の雑誌が、被告佐藤を起用し続けることは、被告佐藤の上記のような主張が、あたかも一定の合理的根拠を持っているかのような印象を、社会で被告佐藤の発言に接する読者に与えることも明らかだからです。

 そこで私は、こうした主張を展開する被告佐藤を、『世界』が使うのは明らかにおかしいと考え、私は、被告佐藤と親しい岡本ともう一人の編集部員に、上記の佐藤の発言を示し、被告佐藤を『世界』が起用するのはおかしいのではないか、と聞きました。

 この際、被告も「原告が主張するように、原告はこれまで被告佐藤の多くの論点に関する発言を問題とし、「世界」編集部に抗議をしてきた」と認めている通り、私は、上に挙げた、被告佐藤による諸々の主張を指摘しました。

 実は、私は当初は、岡本やこの編集部員は被告佐藤のこうした主張を知らなくて、これらの発言を見せれば、岡本やこの編集部員は被告佐藤の起用をやめるだろう、と楽観的に考えていたのです。というのも、私が『世界』編集部に在籍するようになった後でも、重要な主題に関して『世界』の論調と異なるということで、一面では聞くべき見解を持つある書き手の起用を拒否することは、ごく普通に行なわれてきたからです。私は、被告佐藤も、これまでのケースと同じことだと考えていたのです(私は今でも同じだと考えています)。

 ところが、岡本やこの編集部員は私の見解を受け入れませんでした。岡本は、「君はそう言うけれど、佐藤さんは僕に対して、「『世界』はもっと朝鮮総連の主張を掲載してはどうか」って言ってるんだよ。また、和田春樹さんも佐藤さんとよく一緒に行動している」と、また、この編集部員は、「確かに自分も朝鮮総連とイスラエルに関する発言は問題だと思うから佐藤さんに言ったことがある。だが、佐藤さんには佐藤さんの「戦略」があって発言している」旨を答えました。

 私は、それらの見解に全く同意できず、そもそも編集者はそうした「裏の事情」によって原則を曲げてはならないと考えたので、同意できない旨を述べました。

 また、編集会でも、被告佐藤を起用しようという企画に対して、上で挙げた被告佐藤の発言の趣旨のいくつかを挙げ、反対したのですが、私の主張は否定されました。
 
 また、私の名前は既に誌面に掲載されており、今後も掲載されるであろうから、私が『世界』編集部に在籍している限り、被告佐藤の起用を容認している『世界』編集部員には在日朝鮮人も存在する、という印象を読者に与えると考えました。私は、『世界』配属にあたって岡本と面談した際、インタビュアーや対談の司会者として自分の名前を出すのをやめたい旨述べましたが、岡本はそれを認めなかったため、甲76号証のように、「(司会…編集部・金光翔)」と、誌面に自分の名前を載せざるを得なかったのです。

 そして、私が苦痛と感じたもう一つの編集方針は、『世界』が、川人博を書き手として起用しようとしていたことです。

「労働問題」に関する特集の際に、岡本が編集会にて、ある編集者に川人に企画内容の相談および原稿依頼をしました。私は、編集会では異議を特に申し立てなかったのですが(佐藤起用への私の異議が否定された直後で、言っても無駄であろうと思ったので)、異動願を岡本に出す際には、川人の起用に賛同できないことも理由であることを伝えました。

 川人は弁護士で、過労死問題での活躍で著名な人権活動家でもあり、岩波書店からも著書を刊行している人物です。

しかし、川人は他方で、姜尚中や和田春樹のような、当時、戦争の危機を防ぐために、日朝間での平和的な国交正常化を進めようとしていた人物(この2人は『世界』の中心的な執筆者であり、また、このような主張は『世界』の当時の論調でもありました)を、北朝鮮の人権弾圧体制を黙認しているとして攻撃していました。例えば、和田に対しては、「研究者としての、そして元国家公務員としての基本的な責任感が欠如していると言わざるを得ない」とまで言っています(甲77号証)。また、川人は当時から現在に至るまで、「特定失踪者問題調査会」の幹部を務めています。この「特定失踪者問題調査会」は、荒木和博が代表を務めていますが、荒木は、拉致被害者「奪還」のために自衛隊の積極的な活用を主張する(一例を挙げれば、甲78号証)など、日本国内で「拉致問題」に関して再強硬派に位置づけられる人物です。そして、この荒木が代表であるところからも示唆されていますが、「特定失踪者問題調査会」は、右派色の極めて強い団体です。このような川人の姿勢や、「自らの拉致犯罪を棚に上げて日本の戦争責任を攻撃する金体制の手法は、今でも日本人の贖罪意識に乗じて、ある程度有効に機能し、拉致への追及を弱める効果を発揮している。」といった川人の主張が、北朝鮮の体制の問題は指摘しつつも、そのことは北朝鮮への日本の植民地支配の未清算を正当化する理由にも関係正常化しない理由にもならないとする、「朝鮮問題に関する本誌の報道について」(甲75号証)で打ち出されている『世界』の姿勢と相反するものであることは明らかです。

 私は、『世界』が川人を起用することは、川人の上記のような主張や行動を、少なくとも『世界』が起用を拒否するに足るほど否定的なものとは見なしていない、という印象を社会に与えると考えました。

 前述したように、当時の政治情勢について私は、戦争の一触即発の危機状態であると認識しており、このような状況の下で、川人を『世界』が起用することは、社会に対して大変深刻な影響を与えると考えました。また、被告佐藤の場合と同様に、私の名前が誌面に出ることへの懸念もありました。

 以上の理由から、被告佐藤の起用に加え、川人の起用に関しても私は『世界』の編集に従事するにあたって苦痛を感じるので、異動を希望する旨を岡本に伝えたのです。

 結局、『世界』はこの後、川人を起用しませんでした。その理由は恐らく、このすぐ後に川人が、『諸君!』2008年4月号(3月1日発売)に論文「姜尚中は金正日のサポーターか――「人権弁護士」の警告」(甲79号証)を発表し、姜尚中や和田春樹など「金正日独裁体制」を温存させる論者への攻撃をより積極的に行い始めたからです。同論文では、川人は姜を「金正日独裁体制のサポーター」と断じて、姜が1970年代後半から1980年代前半にかけて西ドイツ(当時)に留学していたことを挙げて「北朝鮮スパイ」である可能性すら示唆しています。また、「国交正常化という言葉は、響きはよいが、要は、日朝宣言にあるように、“補償”という名目で、日本からの莫大な援助を北朝鮮が手にいれることを意味する。」とも述べています。前述のように、このような川人の主張が、「朝鮮問題に関する本誌の報道について」(甲75号証)で打ち出されている『世界』の姿勢と相反するものであることは明らかです。川人はこの後、『金正日と日本の知識人』(講談社刊行、2007年6月20日発行)を新書で刊行するなど、「金正日独裁体制」を温存させるとする論者への攻撃をますます強めていきます。川人を起用することが明言されていたにもかかわらず、結局起用されなかったのは、川人の上述の言動・行動が原因であることは明らかであって、このことは、川人を書き手として起用する編集方針には従えないとして異動願を出した、私の行為が正当であったことを裏付けています。

 このほか、私が岡本氏に『世界』編集部からの異動願いを出した他の理由として、もう一つ、『世界』編集部内での、差別発言への私の批判をきっかけとした人間関係の極端な悪化の問題もありました(乙1号証)。私が編集部員A氏の中国人差別発言を批判したところ、岡本氏は、注意した私を非常識だとして批判するという行動をとりました。

 なお、被告は、この件を岡本が私を「持て余し」た一例だと主張しています。しかし、本件記事の異動経緯に関する真実性の立証範囲を、岡本が私を「持て余し」たか否かに限定することの不当性もさることながら、差別発言が横行している職場環境の改善を行なわず、注意した私が非常識であるとする見解を職制である岡本が示したことが、私への職場の「いじめ」を助長したのであり、岡本の姿勢が、会社の職場環境配慮義務を無視するものであることは明らかです。そのような、違法性を有する事実を挙げて、名誉毀損に関する免責が成立するとの被告の主張は、本末転倒です。


3.異動願の申請

 私は、上のような理由で、2006年12月7日(これまで、12月6日としていたのは、私の記憶違いであったので、ここに訂正します)に、岡本に口頭で異動願を出しました。

 この経緯についてより正確に述べておくと、2006年12月6日に、『世界』編集部部会で、岡本が『世界』編集部員山本賢に異動の内示が出されたことを述べました。私は、12月7日夜に岡本から編集業務(原稿整理)を命じられた際に、「現在の編集方針の下では、自分としては今後、法定労働時間以上の残業を希望しない、したがって、この業務も行なえない」旨を伝えました。そして、山本の代わりに自分が異動してもよい、と岡本に伝えました。

 山本に対しては、2007年1月8日付での『世界』編集部から他部署への異動の内示が出されたのですが、株式会社岩波書店においては、労使慣行上、異動対象個人および岩波書店労働組合の承認が、異動においては必要とされています。12月6日の山本への異動の内示については、同日の岩波書店労働組合『世界』編集部職場会において、『世界』編集部を対象とする度重なる異動について不満の声が多く出ており、12月7日夜時点では、山本および岩波書店労働組合は株式会社岩波書店に対して異動の承認をしておらず、したがって、山本の人事異動は成立していませんでした。そこで私は、異動に関して難航の予想される山本の代わりに原告が『世界』編集部から出るということで、編集長から会社に交渉してもらうことはできないか、と申し出たのです。

 株式会社岩波書店は、「岩波書店職員就業規則」の「第16条」で、「週実労働時間を33時間とする。平日の営業時間を午前9時から午後4時15分までとする。営業時間との関係で生じる週労働時間の不足分は、各自の仕事の状況に応じ、各職場ならびに各人の自主的判断に基づいて、 原則としてその週の労働日内に処理する。なお業務の性質によって出勤時刻を早めまたは退出時刻を遅くすることがある。」と定め、また、「第19条」で、「業務の都合によって、出張、時間外または休日勤務をすることがある。」とし、「第20条」で、「時間外ならびに休日勤務をした場合には、後日その該当時日を休務とすることができる。」と定めています。ところが、岩波書店は、労使間でいわゆる「三六協定」を結んでいないため、社員(職員)への残業代は一切支給されません。週実労働時間が33時間という規定は、編集部、特に『世界』編集部においては完全に有名無実化しており、私は、校了日前の1週間は、会社で徹夜して明け方にタクシーで帰宅することも珍しくありませんでした。

 岡本は「金が異動したいと言った」と解釈して『世界』編集部員に伝えましたが、このような、実際には各人の恒常的な残業が必須となっている業務の実態と、山本の異動が成立しておらず、難航が予想されるという状況の下で私が自分が異動してもよいと伝えたことから、私も、申し出が実質的にはその通りであると認めたので、本訴訟では、上記の岡本への原告の申し出を指して、「口頭で異動願を出した」としている次第です。

 さて、私自身は強い精神的苦痛を感じていましたが、このような状況でも私が、『世界』編集部員として、また、岩波書店編集部員として、業務を遂行しえていたことも記しておかなければなりません。

 2006年夏頃から、私の企画は編集会で採用されはじめ、秋頃からは、私が企画した3本前後の論文が、各号にコンスタントに載るようになりました。実質的に私が関与した最後の号である『世界』2008年1月号(2007年12月8日発売)に関しても、連載を除いた21本の文章のうち、3本は私が企画したものであり、その他にも岡本から編集を指示された記事を担当しています。また、この号以降に掲載するためのものとして原告が編集会に出した企画も承認されていました(これらの企画は異動願を申請した後日、編集長に引き継ぎました)。また、この他にも、『世界』編集部の業務とは別ですが、2007年1月に刊行された単行本の編集業務にも携わっており、ちょうどこの頃、作業のピークを迎えていました。

 このことは、当初の異動対象が私ではなかったことの理由でもあります。被告が主張するように、私の言動が編集長をして異動させるに足るほどの問題性を有していたものであり、編集長が異動を希望するほど「持て余し」ていたならば、既に遅くとも11月初旬の時点で私が被告佐藤の起用について強く異議を唱えていることは『世界』編集部内で周知の事実であり、既に編集部内で数度にわたって異議を唱えていたのですから、異動対象は編集部員山本ではなく、私でなければならなかったはずです。被告も「原告はこれまで被告佐藤の多くの論点に関する発言を問題とし、「世界」編集部に抗議をしてきた」と認めているように、私は、2006年9月頃から、数度にわたって『世界』編集部内で、被告佐藤と昵懇の『世界』編集部員、また別の編集部員、編集長に対して、『世界』が被告佐藤を使うことの問題性を指摘し、使うべきではない旨の意見を表明していました。

 このような状況の下で、私が異動願を出したのは、私にとって、被告佐藤を重用し、川人を起用するような雑誌『世界』の編集部に在籍し、編集行為に携わることは精神的苦痛を伴うものであるからであって、日本国憲法第19条が保障する「思想及び良心の自由」を守るために行なわれたものです。

 私は、被告佐藤を起用することや、今後、川人を起用することによって、人権や平和に対する大きな脅威を与えることに、強い精神的苦痛を感じていました。これは、そのような書き手を起用する編集方針に従事することへの苦痛と、そのような書き手を起用すること、また、私の名前が誌面に出る以上、在日朝鮮人である私が『世界』編集部員として、そのような編集方針を容認しているかのような印象を読者に対して与えることが、社会に悪影響を与えることへの苦痛です。

 そもそも私は、2003年2月号(2003年1月8日発売)の誌上に発表した「朝鮮問題に関する本誌の報道について」の内容や、従来の『世界』の論調から鑑みて、私が説明を受けた時点では雑誌『世界』において、その起用が精神的苦痛を伴うような書き手を登場させることが生じることを予期していなかったので、『世界』への異動を了承したのです。

 また、2006年2月に、会社から2006年4月1日付での『世界』編集部への異動の内示が出された時点において、既に被告佐藤は『世界』に登場していましたが、私は、この時点では、被告佐藤が他メディアで重大な問題を持つ主張を展開していることを全く知りませんでした。また、川人博も、『世界』への登場は2000年7月号が最後ですから、起用しようという声が起こるとは予期していませんでした。

 また、私は、『世界』編集部への配属にあたり、岡本から、雑誌『世界』は株式会社岩波書店役員から独立した編集権を有していること、『世界』の編集権限は編集長のみにあり、その他の部員はあくまでも編集長を補助する位置づけであることを説明されており、これについても了承していました。

 また、私の入社時(2003年12月1日)において、株式会社岩波書店は、政治問題とは無関係な分野の本を多数出版しており、また、岩波書店の出版する政治問題を主題とする書籍、岩波書店が発行する雑誌の掲載記事において、私が問題と考える上記の被告佐藤の発言と合致するような論旨のものは、管見の範囲では存在しません。また、前述の「朝鮮問題に関する本誌の報道について」の内容に照らしてみれば、被告佐藤および川人の主張が、朝鮮問題に関する『世界』の従来の編集方針と相反するものであることは明らかです。

 したがって、『世界』が政治問題を扱う雑誌である以上、編集部員の思想・良心に反する編集方針が雑誌において採られている場合、編集部員が自己の思想・良心の自由を守るために異動を申請することは、当然の権利であり、私は、そのような認識の下で異動を申請したのです。そのことは、私への異動内示(2007年2月23日)以前の、会社役員との面談時でも説明していますし、また、同年3月2日に、私が小島潔編集部長・岡本に対して異動を承諾する旨の回答を行なった際にも、私は、上記の認識を持っていることを述べています。

 小島編集部長および岡本は、編集部員が自己の思想・良心の自由を守るために異動申請の権利を持つか否かについては、曖昧な態度でしたが、この権利は、株式会社岩波書店の見解如何にかかわらず、憲法上保障されていると解されるべきものです。

 本件記事の異動に関する記述の箇所が私の社会的評価を著しく低下させているのは、私が編集者および会社員としての社会的規範に則った上で、以上述べた事情から明らかなように、自らの思想・良心の自由を守るためにやむなく異動願を出したにもかかわらず、本件記事においては、逆に、私に問題があったからこそ異動がなされた、とされている点です。

 本件記事の記述は、私が実際には、『世界』の編集方針の決定権が編集長にあることを承認した上で、自分から引き下がる形で異動申請を行なっている事実、私の異動申請が原告の思想・良心の自由を守るための権利の行使として主体的に行なわれている事実を無視しています。私の異動申請は、編集者および会社員としての、当然認められるべき行動であるにもかかわらず、被告はこうした事実を無視し、私が、特定の政治団体(朝鮮総連)の熱心な構成員もしくは同調者であること、自らが編集行為に関与する雑誌の編集方針に反対する行動を社外で行なっていること、編集方針が確定しているにもかかわらずそのことを認めようとしないことから、『世界』の編集が妨害され、そのために私が異動された、と読者に思わしめる記述を行なっています。そして、既に指摘しているように、前提となるこれらの記述は全て虚偽であります。これにより被る被害は、私のような出版業界に身を置く人間にとって、特に甚大なものであり、今後の私の活動を著しく制約するものであると言わざるを得ません。

 仮に、このような状況において異動願の申請において「思想・良心の自由」を主張して異動願を申請することが認められないならば、『世界』のように特定の政治的立場を強く打ち出し、政治的アピール文の宣言をしばしば『世界』が支持するものとして掲載し、また、編集長が「編集長」の肩書きで各種の政治活動を行なっている雑誌に配属された社員は、政治問題等に関して自らと相反する見解を主張する業務に従事することになるのであって、これが、その社員の「思想・良心の自由」の侵害であることは明らかです。

 また、本件記事が述べるように「「世界」編集長も(原告を)「持て余し、校正部に異動させた」のではなく、岡本が、異動の主たる要因について、「口頭で異動願を出した」点にあると認識していたことは、2007年2月23日における原告とのやりとりでの岡本の発言からも明らかです(甲16号証。なお、読みやすくするために、テープ起こしされたものから、相づち、言いよどみは省き、文意を損なわない形で修正した。なお、()内の文言は、原告による補足である)。
 岡本は2007年2月23日のやりとり(小島潔編集部長および岡本が、原告に対して、2007年4月1日付での校正部への異動を内示した会合)で、原告の異動に関して、

「私の管理職としての立場で、『世界』という雑誌の編集の責任者をしてる立場からちょっと言うと、個人的な話として聞いてほしい。これ、極めて残念だっていうふうに、僕は思ってるのね。やっぱり、金君がやりたいことは多分『世界』っていう雑誌のなかでですね、いろんなかたちでできたんじゃないかと僕は思ってるんですけどね。それをこういうかたちになったということ。これはこれまでの流れのなかで、こういうふうになったっていうことに。僕もずっと、あなたを横から見てて、その、何て言うのかな、もうちょっと我慢できなかったかなっていう感じはしています。誰かに言われたと思いますが、多分『世界』っていうのは、岩波のなかでも、もっとも自由なところだし、いろんな意味で、めちゃくちゃなことはあるけれども、自分のやりたいことも、かなりできる。できないこともあるけれども、かなりできるところだと、僕は思っています。で、その場で、やっぱりもう少し何て言うんだろう、もう少し我慢できれば、君がやりたいこと、考えてることなどが、もっと早めにできたんじゃないかなというふうに、個人的には思ってます。」

「去年やった日韓(関係)のシンポジウムでも、○○(金石範)先生と、あ、○○(池明観さん)も、ああ在日の人『世界』にいるんですかって○○(言って)、ある意味非常に驚かれたし、期待もされた部分もあって、で、そういうところを考えると、ほんとにね、ええ、極めて残念だっていう気はするし。」

と発言しています。

 こうした岡本の発言は、私が編集方針や職場環境等に「我慢」できずに自ら異動を申し出たことを「極めて残念」だと述べているものであり、岡本が、私の異動の主たる要因は、私が自ら異動を申し出た点にあると認識していることを示しています。この発言は、岡本が常々私に、自分も若い頃は企画が通らない時期が長く続いた、だから君も我慢が必要だ、と言っていたこととも符合します。この発言は、岡本が、異動の主たる要因が、私が「我慢」が出来ずに出した異動願にあると認識していることを示しているのであって、本件記事が言うところの「「世界」編集長も(原告を)「持て余し、校正部に異動させた」という記述が事実に反していることを明瞭に示しています。


4.異動願の申請から論文発表に至るまで

 会社は、山本の代わりに金を異動させるということは出来ないとし、私は前述のように、『世界』編集部では、三六協定がない状態での法定労働時間以上の残業は行なわない旨を伝えていたので、岡本は、私を『世界』の通常の編集業務から外し、岡本の単行本企画の下読み等の仕事を与えられ、校正部に異動となる2007年4月1日まで行ないました。

 その間、前述のように、2月23日に校正部への異動が内示として出され、私は検討の結果、3月2日に了承した旨を会社に伝えました。そして、4月1日以降は、校正部で校正業務を行うこととなり、現在に至っています。

 異動願を申請する前後から、私は、他の書き手の場合は重要な主題に関して『世界』の論調と異なる場合、起用されないにもかかわらず、被告佐藤の場合のみはその点は問題とされず、起用されていることについて、それ自体が一つの考察すべきテーマなのではないか、と思うようになりました。
 ことは、『世界』に限りません。斎藤貴男や森達也、魚住昭など、『世界』の執筆者であり、一般的にはリベラルまたは左派と見なされる人物も、被告佐藤と懇意にしていることを公にしていました。私は、これも、『世界』で私が経験したことと、同じ性格のものであると考えました。

 私は、被告佐藤と懇意な編集者や『世界』の執筆者たち(リベラルまたは左派として一般的には見なされる人々です)がなぜ被告佐藤に引きつけられているのかという問いについて考えるようになりました。そして、被告佐藤の著作を読んでいく中で、被告佐藤の多くの主張のうち、リベラル・左派が特に引きつけられるものが存在し、それが、リベラル・左派が被告佐藤の国家主義的・排外主義的な主張を問題にしないことの大きな要因になっているのではないか、と考えるようになりました。

 被告佐藤を起用する、リベラル・左派と一般には見なされる雑誌は、『世界』だけではなく、株式会社金曜日が発行する週刊誌『週刊金曜日』もそうでした。私は、『世界』や『週刊金曜日』で被告佐藤を重用していることが、ほとんど一般的には批判されていないことにも疑問を抱き、なぜ起用が黙認されているか、という問題についても検討することになりました。

 そして、過去数年間のリベラル・左派の論調や、同時代の、当時の『世界』編集部内部でのやりとり、知人とのやりとり、市民運動やリベラル・左派系の雑誌の論調、各種団体や言論人の主張等を見るにつけて、被告佐藤の主張がリベラル・左派の一部に強く好まれ、また、起用が表立っては批判されないことは、単なる一過性のものではなく、極めて根が深いものであると考えるようになりました。そして、その背景には、リベラル・左派による、改憲(解釈改憲も含む)後に備えて「現実的」な勢力となっておきたいという動機が強く存在し、そのために、リベラル・左派の一種の「改変」という現象が、なし崩しの形で進展していると考えるに至りました。

 リベラル・左派の言論においては当時、特に、「戦後レジームの打破」を唱え、憲法改正を実現させると明言した安倍政権時代に、「「健全な保守」ならば改憲に反対するはずで、そのような「健全な保守」と組んで、改憲に反対していくべきだ」という論調が支配的でした。憲法改正の前段階と見なされた、教育基本法改正への反対を表明する言説および運動において、そのような傾向が特に助長されていました。また、安倍政権をある種のファシズム誕生の前夜と見なして、ファシズム成立に抗しよう、という言説も少なからず見受けられました。すなわち、改憲反対、ファシズム反対との名目で、一種の「人民戦線」をつくらなければならない、とする言説が、リベラル・左派内部においては支配的な潮流となっていました。

 そして、私は、被告佐藤のさまざまな著作や、極めて多数にわたる雑誌での発言を見て、被告佐藤が「国家主義者」であることを自称しながらも自らが「護憲」の立場であることを主張していること(「<佐藤優現象>批判」で指摘したように、被告佐藤の「護憲」とは解釈改憲が前提ですから、リベラル・左派が言う「健全な保守」には本来該当しないのですが)、また、「人民戦線」と要約される主張を提唱していることを認識しました。そして、被告佐藤がそれらを主張するのは、被告佐藤が上述のリベラル・左派内の潮流の存在をよく認識しており、そして、自らがリベラル・左派の言論界で活躍するためにその潮流を自覚的に利用しようとしているからであると考えました。

 そして、被告佐藤のように、国家主義的・排外主義的主張を行っている人物がリベラル・左派の言論界にいること自体が、改憲後に備えて「現実的」な勢力となっておきたいというリベラル・左派内部の欲望を満たすものであると同時に、そのような傾向を促進するものとして機能していると考えました。

 つまり、「人民戦線」等の、一見口当たりのよい名目の下で、リベラル・左派の変質が進行しており、それが被告佐藤のリベラル・左派内部での活躍を支えており、また、その活躍によって、その進行が促進されている、と私は考えるようになりました。

 私は、2007年4月に、片山貴夫が『週刊金曜日』編集部と交わしたやりとりを、片山のブログで見て、上記の見解に確信を持つようになりました。片山は、『週刊金曜日』が被告佐藤を起用していることに抗議し、それへの編集部の回答を掲載していたのですが、そこでの回答は、私が『世界』編集部で聞いた、被告佐藤を起用するにあたっての弁明と極めて似ていたからです。私は、自分が『世界』で接した編集部員たちの発言が、単にそれらの人々個人の問題ではなく、被告佐藤と懇意なリベラル・左派全般の考え方や心性を示唆するものと言えるとの自信を深めました。

 そのような認識の下で、私は、自分が管理するブログ「私にも話させて」の2007年6月に、4回にわたって、「佐藤優現象について」という記事を掲載し、上記の見解をまとめました。

 私はここで、被告佐藤自身よりも、被告佐藤をリベラル・左派までが重用することによって、被告佐藤が「論壇」を席巻している状態を「佐藤優現象」と捉えて、そのことの持つ問題を指摘しました。そして、「佐藤優現象の下で起こっていることは、「日本がファシズム国家の道に進むことを阻止するために、人民戦線的に、佐藤優のような保守派(私から見れば右翼)とも大同団結しよう」という大義のもと、実際には、イスラエル型国家に適合的なリベラルへと、日本のジャーナリズム内の護憲派が再編されていくプロセス」であると主張しました。

 私は、「佐藤優現象」の下で進行するリベラル・左派の変質は、在日朝鮮人にとって、危機的な性格を持っていると考えました。そして、この問題とその重要性を世に広く訴えたいと考えました。

 そこで、私の上記の見解に賛意を表する知人に対して、その人物が編集委員として関与している雑誌『インパクション』(インパクト出版社刊行)に、この件について発表できないか相談しました。この人物も、掲載には大きな意義があるとしてくれ、『インパクション』編集長および編集委員で検討した結果、私への執筆依頼が決まりました。そのような経緯で、『インパクション』第160号に掲載されたのが、論文「<佐藤優現象>批判」です。


5.論文発表直後

 「<佐藤優現象>批判」は、幸い、発表直後、ウェブ上を中心に、多くの好意的な感想を得ました。その中には、元外交官の天木直人氏によるもの(2007年11月14日付)や、朝日新聞誌上での川島真・東京大学教授によるもの(2007年11月29日)など、著名な人々によるものもありました。また、『世界』に在籍する編集者、『週刊金曜日』に在籍する編集者、それらを含めたリベラル・左派系の媒体の執筆者が参加しているメーリングリスト上でも、11月12日、17日、22日に、それぞれ別の人々によって、論文に対して極めて好意的な感想が投稿されました。また、『インパクション』編集長によれば、刊行直後からそれほど日をおかず、かなりの読者から、好意的な意見が編集部に届けられたとのことでした。

 私は、この好評に気をよくしており、この流れが続き、リベラル・左派の変質、<佐藤優現象>に対して批判的な見解がより多く出されることを期待しました。

 他方で、岩波書店労働組合からは、私が「岩波書店壁新聞」を無断引用したことに関して、抗議を受けました。これに関しては、私の行為は著作権法に則ったものであり、何ら問題ない旨回答しました。


6.本件記事と岩波書店の私への「厳重注意」:①『週刊新潮』当該号発売前 

 このような状況の下で、本件記事が掲載された『週刊新潮』2007年12月6日号が、11月29日に発売されました。

 被告も被告準備書面(4)で明らかにしているとおり、『週刊新潮』荻原信也記者は、2007年11月23日15時36分付で、私への取材依頼のメールを送ってきていました。私は、『週刊新潮』と被告佐藤との関係、これまでの『週刊新潮』の論調から、まともに取材に応じることはかえって相手の思うツボであり、また、社員としての秘密保持義務にも反しかねないと考え、無視しました。

 そして、本件記事が掲載されるとの情報および被告佐藤の行動は、株式会社岩波書店による、私への諸注意、私の今後の言論活動の封じ込め等とも、密接に関わるものです。以下、その経緯と理由を述べます。

 私は、『週刊新潮』該当号の発売の1日前の11月28日に、会社で勤務中に、役員から呼び出しを受け、指定された別室に移動しました。

 同席した役員は、宮部信明取締役・編集部長(当時。現在は常務取締役)、小松代和夫取締役・総務部長でした。

 宮部取締役はこの席上、私の論文が、「著者・読者・職場の信頼関係を損なうものであり、岩波書店を成り立たせる存立基盤を掘り崩すものだと考える」と述べました。そして、このような形で今後は論文等を発表しないよう求め、私にそのように誓約することを求めました。そして、その回答次第で、私へ処分を下すかどうかということも変わってくるかもしれない、と述べました。

 また、この日に私に対して示された、会社が批判すべきでないとした「岩波書店の著者」の定義は、「岩波書店から1冊でも本を出版するか、または、『世界』等の岩波書店の雑誌で何回か記事を書いた人」というものであり、しかも、そのような「岩波書店の著者」が執筆した本や記事への批判は、その本や記事の発行元が他社であったとしても、岩波書店の刊行物を批判したものと同じと見なす、とするものでした。宮部取締役は、このように主張した上で、「会社の社員という身分を外して、学者になられたりすれば、自由に論評なさっていいわけですよ」と述べているので(同趣旨の主張は、この日、二度行われています)、会社は実質的に、私に退職勧告を行なってきたと言えると思います。

 被告佐藤の取材記録(乙11号証)における「岩波の社員であるということも聞きまして、それを受けて岩波書店側には抗議をしています。」という発言により、被告佐藤は、11月24日以前の時点で、会社に抗議を行っていることが判明しました。

 そもそも、私は論文を個人の資格で書いたのであり、そのことは、私が岩波書店社員との情報を出していないことからも明らかであって、被告佐藤が私の論文に異議があるのであれば、公的に反論するのが言論のルールであり、常識です。ところが、被告佐藤はそのような手続きを一切行わず、岩波書店に抗議を行なっています。

 本件記事の言葉を借りれば、「超売れっ子作家」であり、宮部取締役によれば「岩波書店のかなり中心的な著者の一人」(2007年11月30日の発言)である被告佐藤が、会社に抗議すれば、会社が私に対して、今後、被告佐藤への批判を止めるよう注意するであろうことは、容易に予想し得たはずです。被告佐藤は、「岩波書店の社風」は「自らの正しいと信じる筋をたいせつにし、「然りには然り、否には否」をいう」ものであり、「この社風を体現している岩波書店の山口昭男社長」を、「私はとても尊敬している」と述べており(佐藤優『獄中記』岩波書店刊行、2006年12月6日発行、464頁。甲80号証)、また、山口昭男岩波書店代表取締役社長は「最近、佐藤優さんがヘーゲル、マルクスからハーバーマスまでの読み直しをしていて、壮大な解釈を試みているのは面白いし、新しさがあると思います。」(「interview 山口昭男・岩波書店代表取締役社長」『論座』2008年5月号、4月1日発売。甲81号証)と、被告佐藤が本件記事で「今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」とまで岩波書店を激しく批判したにもかかわらず、被告佐藤に対して極めて好意的に語っています。これらのことから、被告佐藤と山口社長が懇意であることは明らかです。したがって、会社に抗議を行なったという被告佐藤の行為自体が、自分への私の批判を封殺しようとする行為であり、また、会社が私に嫌がらせを行うであろうということを見越した、極めて悪質な行為であると言えます。


7.『週刊新潮』当該号発売直後に本件記事を読んで

 2007年11月28日(水曜日)に見た、電車の『週刊新潮』2007年12月6日号の吊革広告には、私が覚悟していたとおり、「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」なる見出しの記事がありました。この時点ではまだ、同号は発売されていなかったので、私は、不安とともに発売を待ちました。

 翌11月29日に、『週刊新潮』2007年12月6日号が発売されました。私が現物を見たのは、29日の早朝、近所のコンビニにおいてであったと記憶しています。私は早速購入し、家に帰って熟読しました。

 私は本件記事を読み、事実の極端な歪曲と、私に対する悪意に満ちた記述、反論もしないまま「言ってもいないことを書いている」などと私の論文の価値を著しく低下させる被告佐藤の卑劣さなどに、激しい怒りを覚えました。

 また、このような歪曲された、私の名誉を著しく低下させる記事が、日本全国の書店に、数十万部の規模で販売されているという事実に、大変ショックを受け、精神的に深く傷つきました。

 被告会社および被告早川が発行する『週刊新潮』は、日本有数の発行部数を有する週刊誌であり、単純に発行部数と、新聞広告・吊革広告等の広告量の多さから見ても、同誌の影響力は大きなものです。

 その誌面における、「岩波関係者」の証言を用いた、私が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をし」たとの記述は、一般読者の普通の注意と読み方からすれば、私が朝鮮総連の熱心な構成員もしくは同調者であり、だからこそ被告佐藤の起用に反対し、また、論文において被告佐藤を批判しているかのように、私の『世界』編集部における編集活動および論文執筆が、公正な立場から行われたものではないと読む者をして思わしめるものです。

 また、実際には私は、2006年12月初旬時点の『世界』の編集方針と原告の思想信条が相反していることを理由として、『世界』編集長に口頭で異動願を出したという形で、適正な手続きに基づいて行なっているにもかかわらず、「岩波関係者」の証言を用いて、私が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をしたり、匿名で始めたブログで佐藤氏やジャーナリストの斎藤貴男氏など、社と関係の深い作家の批判を繰り返すようになった。編集長も持て余し、校正部に異動させた」との記述は、あたかも私が非理性的で、自分勝手で、非常識な人間であるかのように読む者をして思わしめるものです。

 また、「岩波関係者」の証言を用いた、私の論文には「社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから、目も当てられません」との記述は、あたかも私が「社外秘」を社外に漏らすという、社会通念上、社会人としてふさわしくない人間であるかのように読む者をして思わしめるものです。

 また、「岩波関係者」の証言を用いた、私の論文においては私「の上司も実名を挙げられ、批判されている」との記述は、あたかも私が私怨を込めて論文を書くような人間であるかのように読む者をして思わしめるものです。

 また、被告佐藤による、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。そして、『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」との発言は、あたかも私が他人の主張を捏造し、社会通念上の言論のルールを逸脱した攻撃を行なう人間であり、かつ、「社外秘」を社外に漏らすという、社会通念上、社会人としてふさわしくない人間であるかのように読む者をして思わしめるものです。

 また、被告会社および被告早川は、本件記事の本文において、論文の筆者たる私の実名を出した上で、「岩波関係者」の発言として、「金さんは、実は現役の岩波書店の社員」、「中途で入社し、宣伝部を経て『世界』編集部に配属されました。当初は通名でしたが、何時の間にか韓国名を名乗るようになった」などと、原告が本件記事掲載時には公開していなかった個人情報を摘示しており、私のプライバシーすら侵害されています。

 私は、私の所属する首都圏労働組合の友人たちと相談し、「首都圏労働組合特設ブログ」を開設して、そこで、本件記事の事実の誤りを指摘していくことにしました(甲4号証参照)。『週刊新潮』の影響力に比べれば、このようなブログの影響力は微々たるものですが、それでも、そのようにせずにはおれませんでした。


8.本件記事と岩波書店の私への「厳重注意」:②『週刊新潮』当該号発売後 

 『週刊新潮』当該号発売日にも、私はこれまでと変わりなく出社していました。社員の私を見る視線に、何かぎこちないものを感じました。

 多少は同情してくれているのだろうか、などと甘いことを考えたのですが、事態は全く逆でした。社員の大多数を組織する岩波書店労働組合(当時の岩波書店の役員8名中、4名が岩波書店労働組合の委員長・副委員長経験者であることや、岩波書店労働組合で中心的な活動を行なった後、職制になるケースが極めて多いことからも分かるように、典型的な御用組合です)は、発売日である11月29日の夕方に、まるで『週刊新潮』の発売(吊革広告はこの前日に出ていますから、当然、一定数の人間は私に関する記事が翌日発売の『週刊新潮』に掲載されることを知っていたはずです)に便乗するかのように、「岩波書店労働組合壁新聞」で私を実名入りで批判しました。また、これにとどまらず、12月6日には、同内容の私への批判文書を、わざわざ組合員全員200名前後に配布しました。ここまで一つの見解(というよりも、実名入りでの個人攻撃)を「周知徹底」させようという意思は、これまで経営側との団交時にも存在しないものですから、岩波書店労働組合の行為は、明らかな、本件記事に便乗した、私に対する「嫌がらせ」であり、「いじめ」そのものです。

 そのような状況に私はうんざりしていたのですが、さらに、株式会社岩波書店は、本件記事に関連した形で、私への「嫌がらせ」としか思えない行動をとることになります。

 私は、11月30日に、改めて会社とやりとりを行いました。その席上で、私は、28日に会社が述べた、「岩波書店の著者」の著作等を批判する内容を含む論文等を発表しないと誓約せよとの命令に対して、誓約する気はない旨を伝えました。

 そして、12月5日に、山口昭男社長より、今回の論文の発表について、「口頭による厳重注意」を受けました。「社員でありながら、あの論文を公表したことは、岩波書店の社会的な信用を傷つけた。今後はこのような行為は慎んでほしい」とのことでした。

 この「口頭による厳重注意」は、「就業規則に基づく処分」ではなく懲罰ではないとのことですが、後日の会社に説明によれば、会社は、私に「口頭による厳重注意」を行なったこととその内容を、12月12日(私は偶然休んでいた)に全社員に、役員臨席でわざわざ臨時部会・課会を開いて伝えたとのことでした。これまで、ある社員が「就業規則に基づく処分」で懲罰を与えられた場合でも、このような措置がとられたことはないので、これは、極めて異例の措置と言えます。

 会社によれば、これは、本件記事が掲載された『週刊新潮』が発売されたために、緊急の必要があったためこのように全社員に臨時で伝えた、とのことでした。ですが、記録や私による聞き取りによれば、会社は社員への伝達の場で、本件記事に対して今後、社員はどのように対応すべきかといった指示は一切行なっておらず、単に私にどのような理由で注意をしたかを告知したに過ぎなかったのですから、このような会社の措置が、私を「見せしめ」にしようという、「嫌がらせ」の一種であったことは明らかです。

 また、会社は、「口頭による厳重注意」を下す理由として、会社が私の論文によって被害を被ったとし、被害の一例として、「『週刊新潮』の記事によって生じた会社への不利益」を挙げています。すなわち、私が論文を発表したことによって、本件記事が書かれたのだから、本件記事により被る岩波書店の被害も私の責任である、と主張しているのです。本来、岩波書店は虚偽の事実を用いて私を誹謗中傷する株式会社新潮社に対して、会社は社員の人権を保護するという信義則上、抗議すべきであるところ、私に責任をなすりつけているのであって、これも、私に対する「嫌がらせ」と言わざるを得ません。

 以上のように、本件記事が出たことにより、岩波書店は、この記事を用いて私への「嫌がらせ」を行なっているのであり、このような点からも、私は本件記事によって極めて大きな被害を被っていると言えます。


9.被告佐藤と安田好弘弁護士(被告佐藤代理人)と『インパクション』編集長の会合

 私の論文により、被告佐藤は、自身および自身を使うメディアへの批判が広まることを恐れたようです。本件記事もその一つですが、本件記事掲載の『週刊新潮』発売後、約1ヶ月半の期間の被告佐藤の行動のいくつかには、反論という正当なルートを用いずに、批判を弱めようする特徴が見られると思います。

 本件記事の掲載からそれほど日が経っていない、12月29日発売の『週刊新潮』2008年1月3日・10日号には、「「天皇のお言葉」の秘密を暴露してしまった「元外務官僚」」なる見出しの、原田武夫(原田武夫国際戦略情報研究所代表、元外務省職員)に対する大々的な中傷記事(甲15号証)が掲載されています。

 原田は、自身のブログで被告佐藤を批判する記事を書き(2007年5月13日付)、2007年12月12日には、「佐藤優という男の「インテリジェンス論」研究(その1)」なる被告佐藤への批判記事をブログで掲載し、この批判をシリーズ化することを予告していました(甲14号証)。そして、2008年1月10日には、被告佐藤への批判の内容を含む原田の著書(原田武夫『北朝鮮vs.アメリカ』ちくま新書)が刊行される予定であることも、ブログ上で告知されていました。被告佐藤と『週刊新潮』との密接な関係から考えれば、この原田に関する記事も、原田の社会的評価を低下させ、原田による被告佐藤への批判の信頼性および社会的影響力を弱めようとする、被告佐藤の動機を大きな要因として成立したものであることが強く推認されると言えます。

 また、被告佐藤は、本件記事掲載の『週刊新潮』発売後、2008年1月10日に、安田好弘弁護士(被告佐藤代理人)と、私の論文を掲載した『インパクション』の深田卓編集長の三人で、会合を開いています。

 この会合は、安田弁護士が『インパクション』誌上にしばしば登場しており、深田および被告佐藤と親しい関係にあることから、安田弁護士が仲介役を行なうことで実現したものだと深田からは聞いています。

 深田に以前聞いたところによれば、この会合は、2007年11月中に、被告佐藤が深田に、安田弁護士を仲介にして会合を持つことを電話で提案し、その後、深田が了承したことに端を発するとのことです。私は、このような会合が持たれることについて、深田に強く反対したのですが、受け入れられませんでした。

 この、私の論文に対して反論を送ることなく、掲載誌の出版社代表と話し合って「手打ち」をするという行為が、自分へのさらなる批判の掲載を回避しようという被告佐藤の動機に起因することは明らかです。現に、この会合以降、『インパクション』に、被告佐藤への批判的内容を含む文章は掲載されていません。

 ところで、深田から会合内容を聞いた『インパクション』関係者によれば(遺憾なことに、深田は私には会合内容の詳細を伝えませんでした)、この会合内容は、以下のようなものだったとのことです。

○被告佐藤が本件記事で述べている「言ってもいないこと」の一つは、<佐藤の言う「人民戦線」とは、在日朝鮮人を排除した「国民戦線」のことだ>(「在日朝鮮人」ではなく、「朝鮮総連」と言っていたかもしれない)という、私の主張を指している(他の部分について、具体的な指摘があったかは分からない)。

○深田が、『週刊新潮』の私に関する記事はよくないと言ったところ、被告佐藤は、『週刊新潮』の記者(塩見洋デスクと思われる)は、何かあると相談する関係であり、今回は、被告佐藤が悩んでいることをいつものように相談したところ、『週刊新潮』側が独断で記事にすることにし、記事になったものだと答えた。被告佐藤は、記事での被告佐藤の発言には責任を負うが、記事自体には責任は負えないと主張している。

○被告佐藤は、私の論文への反論記事を書くつもりがない、と言っている。

○被告佐藤は、私の論文において、岩波書店の内部情報が使われたことも問題だと主張している。

○被告佐藤は、私の論文において、『週刊金曜日』編集長のメールが使われたこと(多分、片山貴夫氏のブログの記述の引用)も問題だと主張している。

○被告佐藤は、私の論文への反論ではなく、『インパクション』に自分の別の論文を投稿したいと述べている。これに対して、深田は、掲載は編集委員との相談で決めることだと答えた。

 ここからは、本件記事掲載号発売から、それほど月日が経っていないことから、被告佐藤が当初考えていたことをよく読み取れるように思います。被告佐藤が『週刊新潮』記者に相談したところ、独断で記事にすることになったと述べているらしい点、また、被告佐藤が記事での自身の発言には責任を負うと述べているらしい点は、本訴訟における被告の主張と食い違っています。

 また、本件記事掲載号発売からすぐ後に、私が電話で深田から聞いたところでは、深田は被告佐藤と話した際、佐藤は金が今後も自分への批判を行なってくるかを非常に気にしていて、脅えているような感じだった、新潮の記事も批判封じのために佐藤が仕掛けたのだろう、という感想を持った旨を述べています。

 このような、本件記事掲載号発売からそれほど日を経ていない頃の被告佐藤の発言は、本件記事執筆経緯の真相を考える上で、極めて示唆的なものであると考えます。


10.被告佐藤による私への攻撃

 上記の会合ののち、被告佐藤による、批判に対してまともに反論することなく出版社との話をつけて言論封殺を図ろうとする姿勢は、一部のマスコミや言論人の注目をあびることとなります。

 被告佐藤は、雑誌『SAPIO』(小学館発行)で連載を持っていますが、同じく同誌で連載を持っている漫画家の小林よしのりが、雑誌『わしズム』(小学館発行)で被告佐藤を批判したことに関して、直接小林に反論せず、そのような批判をする小林の連載を掲載している『SAPIO』編集長を批判し、このままならば刊行中の書籍は一切引き揚げる、小学館で行っている雑誌連載や出版計画などもすべて白紙撤回する、今回の内幕について手記を寄稿するか、新書本を書き下ろすなどと通告するなどの圧力をかけて、自身への批判の掲載をやめさせようとしています(甲30号証)。被告佐藤のこうした行動に関して、小林は、被告佐藤を「言論封殺魔」だとして、「『わしズム』はわしが責任編集長なのに、「言論封殺魔」は、発売されると直ちに「SAPIO」編集長に電話をかけてくる。こんなデタラメな話が許されるのか?」「「言論封殺魔」は「SPA!」9月23日号で書いた通りに、「事実関係で相手をぎりぎり締め上げ」たり、「ねちねちと何度も質問状を出す」手口で、版権引き上げや出版計画の撤回など、あらゆる圧力を小学館にかけている」(「「ゴーマニズム宣言」第36章」『SAPIO』2008年11月26日号。11月12日発売)と激しく批判していますが、被告佐藤は、その行為の「言論封殺」性を否定することのないまま、開き直りと言える態度をとっています。

 被告佐藤がこのように、わざわざ公開の形で『SAPIO』編集長に対して圧力をかけたのは、被告佐藤への批判を掲載すると、紛糾事態が生じるということを各誌の編集者に知らしめ、被告佐藤を批判する記事を掲載することを各誌の編集者に萎縮させるためであると思われます。これは、本件記事が、自身への批判者に対する「見せしめ」のための、被告佐藤への批判を萎縮させるためのものであることを裏付けています。

 ところで、被告佐藤と小林の争いは、大きな社会的注目を浴び、被告佐藤が言論封殺行為をこれまで繰り返してきていることも話題になりました。例えば、『週刊朝日』2008年11月07日号(10月28日発売)の宮崎哲弥と川端幹人の対談(「宮崎哲弥&川端幹人の中吊り倶楽部」)は、被告佐藤と小林の争いに言及しており、宮崎は、佐藤の出版社に圧力をかけるやり方に、川端は、マスコミにおける佐藤優タブーに、それぞれ疑問を呈しています。

 この過程で、被告佐藤が『週刊新潮』と結託して本件記事を作成させ、私への言論封殺を行ったことにも注目が集まりました。

 例えば、『実話ナックルズRARE』2008年11月号の記事「マスコミを手玉に取る「佐藤優」の「剛腕」ぶり」(甲31号証)は、被告佐藤の気に入らなかった『AERA』記者の大鹿靖明記者や私に対する、被告佐藤の行動を、「エグい批判封じ」と報じており、「佐藤を知るジャーナリスト」の証言を用いて、本件記事は「佐藤が新潮に書かせたものだったんじゃないかといわれている」と述べています。また、『中央ジャーナル』第203号(2008年11月25日発行。甲32号証)の記事「佐藤優が岩波書店社員を恫喝」においても、被告佐藤が、「出版社への佐藤批判封じ」をエスカレートさせ」ていると報じられています。

 小林も、前掲「「ゴーマニズム宣言」第36章」で、

「さて、沖縄で、すっかり若者からその偏向振りを見抜かれている新聞を、懸命にヨイショする「言論封殺魔」(注・佐藤のこと)は、本土ではあちこちの出版社に圧力をかけて自分への反論を封殺している。ミニコミ(注・『インパクション』のこと)の編集部にまで弁護士と共に押しかけ、岩波書店の一社員の批判まで封じ込め、『AERA』に書かれた自分の評伝も、気にくわなかったらしく、執筆者を吊るし上げ、やりたい放題!」

「「実話ナックルズRARE」によると、言論封殺魔は「AERA」に評伝を書いた朝日の記者を、マスコミ関係者が集まる勉強会で参加者の面前で30分以上つるし上げ、その後さらに公開質問状をつきつけ、記者は社内で干されてしまったという。また、ミニコミ誌での批判まで封じ込まれた岩波社員は、「首都圏労働組合特設ブログ」において岩波書店内部で行われている恐るべき言論封殺・弾圧を詳細に報告している。」

と、被告佐藤による私への言論封殺について取り上げています。

 このような状況の下で、被告佐藤は焦ったのか、本件記事に続き、私への攻撃を行いました。

 それは、『SPA!』2008年12月9日号(12月2日発売)に掲載された、「佐藤優のインテリジェンス職業相談 第三回」(甲27号証)です。ここで被告佐藤は、明らかに小林を想定した「大林わるのり(ペンネーム) 55歳」が、被告佐藤に窮状を相談する、という「フィクション」の形式を用いて、小林を批判してます。「本職業相談は、『SAPIO』11月26日号(小学館)に掲載の「ゴーマニズム宣言」第36章を題材にしたフィクションです。」との注が付されています。

 この中で、「大林わるのり」は、「「言論封殺魔」がやってきて、あらゆる雑誌編集部に手を回しているのでわしの素晴らしい原稿が日の目を見ない」、また、自分が「言論封殺魔」を批判した漫画で、「すこし「飛ばし」(事実でない記述をすること)てしま」い、「事実誤認で「言論封殺魔」から損害賠償請求をされるのではないか?そのことを考えると心配で夜も眠れない」と、被告佐藤に相談しています。

 そして、ここでの「事実誤認」の一例として、被告佐藤は「大林わるのり」に、以下のように言わせています。「「言論封殺・弾圧を詳細に報告している」とある労働組合のブログを紹介したが、この労働組合が委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからないユウレイ組合だったのだ」と。

 ここでの「労働組合のブログ」が、私が所属する首都圏労働組合の「首都圏労働組合特設ブログ」であることは明らかです。

 被告佐藤は、私の所属している労働組合が、「ユウレイ組合」だとして、私の社会的評価を低下させ、私による被告佐藤への批判の信頼性を貶めようとしていると言えます。
 ですが、首都圏労働組合は、現時点では労働委員会への資格審査の申請をしていないものの、労働組合法第2条の「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体」という「労働組合」の定義に合致する、歴とした労働組合であって、いわゆる「憲法上の労働組合」です。もちろん、「委員長、書記長の名前、住所、電話番号」も明確に有します。被告佐藤は、何の根拠もなく首都圏労働組合を「ユウレイ組合」などと決めつけているが、これが全くの真実性を持たない、首都圏労働組合の名誉を毀損する行為であることは明らかです。

 被告佐藤が、メディア上で私に関して言及したのは、管見の範囲では、本件記事と、月刊誌『ZAITEN』2008年7月号に掲載された「佐藤優の「獄外日記」」での以下の記述「(注・2008年)4月23日(水)/晴れ/学士会館の中華レストラン「紅楼夢」で和田春樹東京大学名誉教授と意見交換。金光翔氏(岩波書店社員)の『インパクション』誌に掲載された「<佐藤優現象>批判」なる論文について。『インパクション』誌の編集方針に小生に対する特段の偏見はないという認識で一致。」以外には、上記の『SPA!』での発言のみです。

 なお、被告佐藤は、上記『SPA!』での記事をそのまま単行本『インテリジェンス人生相談 [社会編]』 (扶桑社、2009年4月25日刊行)に収録しています。首都圏労働組合および私に対する名誉毀損行為を、単行本という形で、さらに繰り返していると言えます。


11.被告佐藤への質問状の送付

 以上のように、被告佐藤は、本件記事において私の名誉を毀損する発言を行っているにもかかわらず、その具体的な根拠をメディア上で一切明らかにせず、また、私の所属する首都圏労働組合に対する何ら根拠のない中傷によって、私の批判の信頼性を低下させようとしています。このような被告佐藤の姿勢は、極めて不当であると考えたので、私は、被告佐藤に対して、2009年2月25日付の公開質問状(甲10号証)を、同日に、内容証明郵便で被告早川宛てに送り、添付用紙にて、被告早川に同公開質問状を被告佐藤に渡すよう依頼しました。

 同公開質問状においては、私の論文において、社会通念上「滅茶苦茶」と認識される程度の、被告佐藤が「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように書いた箇所はどこか、また、私の論文において、被告佐藤が「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように書いた箇所以外の「滅茶苦茶な内容」の箇所はどこか、また、私の論文がいかなる意味において、社会通念上の「言論」ではない、「言論を超えた」「個人への攻撃」であるか、また、首都圏労働組合を「ユウレイ組合」であると規定する根拠は何か、などの点に関して質問しています。被告佐藤は、公的な発言によって、私や首都圏労働組合の社会的評価を低下させたのですから、その真実性を示すために、これらの質問に答える義務を有することは当然です。

 ところが、被告佐藤は、公開質問状が指定した質問への回答期日たる3月11日を過ぎても回答を送って来ず、また、4月11日の原告との電話における『週刊新潮』編集部員佐貫の回答によれば、3月14日もしくはその翌日に『週刊新潮』編集部の本件記事執筆者(塩見洋デスクと思われます)が、原告が管理するブログ「資料庫」でインターネット上に公開されている同公開質問状をプリントアウトしたものを、被告佐藤に送りたい旨を被告佐藤に連絡したところ、被告佐藤は、同公開質問状の受け取りを拒絶したとのことです。

 公開質問状は、送付した翌日の2月26日から私が管理するブログ「資料庫」に公開されており、これは、私が管理する別のブログ「私にも話させて」から容易にたどり着けます。被告佐藤は、『インパクション』の深田編集長に対して、ブログ「私にも話させて」を見ている旨を話していたそうですから、公開質問状の内容を知った上で、受け取りを拒絶したと考えられます。

 被告佐藤が公開質問状の受け取りを拒絶したこと、また、本件記事における私の名誉を毀損する発言の具体的根拠を明らかにせず、私の所属する首都圏労働組合に対する何ら根拠のない中傷によって、私の批判の信頼性を低下させようとしていることは、本件記事における被告佐藤の発言が、弁明しようがない、失当なものであることを示唆していると私は考えます。それは、本件記事における被告佐藤による発言「私が言ってもいないこと」の内容に関して、当初の取材記録と、本訴訟での主張とが明白に食い違っていることからも明らかであって、これらのことは、本件記事における被告佐藤の発言が勘違いまたは無根拠なものであったことを強く裏付けています。

 こうした被告佐藤の姿勢は、何らの誠意も見られぬものであり、本件記事の違法性と重大さを考えると、このような状況のままであることは極めて不当なことと考えられるので、やむなく本訴に及んだ次第です。


12.被告新潮社および被告早川への質問状の送付

 私は2009年3月27日付で、申入書(甲9号証)を内容証明郵便で被告早川に送り、本件記事における私に関する虚偽の記述、プライバシーの侵害の記述を指摘し、そうした記述に関する被告早川の認識等に関する質問を行うなど、徒に争うことなく穏便に解決すべく考え、善処を求めてきました。ところが、被告早川は、申入書で指定した質問への回答期日たる4月6日を過ぎても回答を送って来ませんでした。

 そのため、私が4月14日に被告早川に電話で確認したところ、被告早川は電話に出ず、代わりに電話に出た『週刊新潮』編集部員佐貫は、『週刊新潮』としては、前記の申入書の諸質問について、回答するに値しないと認識しており、回答する気はない旨を述べました。より正確に言えば、本件記事を書いた、佐藤優と昵懇の塩見洋が質問状を受け取り、答えるに値しない、答えなくてよいと早川清編集長に報告し、早川編集長も承認したとのことです。

 しかも、佐貫によれば、塩見は、私が本件記事の虚偽の記述に対して、ブログを開設して反論を行ったことを理由として、私のことを「異常」な人間であり、相手にする必要はない、などと言っているとのことです。しかも、その見解を『週刊新潮』編集部としても是認しているとのことです。一体、この塩見をはじめとした『週刊新潮』編集部というものは、どれほど破廉恥なのでしょうか。杜撰極まりない取材による虚偽の記事で、私の名誉を大きく傷つけておき、それに微力ながらも抵抗しようという行為を「異常」などと嘲笑しているのです。強い怒りを覚えざるを得ません。

 このような被告新潮社および被告早川の姿勢は、何らの誠意も見られぬもので、本件記事の違法性と重大さを考えると、このような状況のままであることは極めて不当なことと考えられるので、やむなく本訴に及んだ次第です。


13.おわりに

 被告佐藤は、具体的には原告準備書面(1)「第3 補足」で詳しく指摘しましたが、自身への批判を回避するために、自身の主張への批判を萎縮させる効果を持つ発言を繰り返しています。

 まず、被告佐藤の怒りを買ったと思われる書き手について『週刊新潮』が中傷記事を書くというケースが、私を含めて、大鹿靖明(雑誌『AERA』編集部員)に関する記事(甲13号証)、原田武夫(原田武夫国際戦略情報研究所代表,元外務省職員)に関する記事(甲15号証)と、短期間の間に3つも存在することが挙げられます。これが、被告佐藤を批判する人物は、『週刊新潮』に中傷記事を書かれるという認識を読者に与える、「見せしめ」の効果を持つ、被告佐藤への批判を萎縮させるための行為であることは明らかであり、憲法第21条が保障する「言論の自由」への挑戦であると言えます。

 『週刊新潮』編集部佐貫(法務担当)によれば、本件記事を執筆した『週刊新潮』記者(塩見洋)は被告佐藤と昵懇の関係にあり、被告佐藤と「毎日のようにやりとりしている」とのことであり、本件記事の発端に、被告佐藤が積極的に関与していることは明らかです。

 また、被告佐藤を批判する人物が『週刊新潮』に中傷記事を書かれるという認識が一般読者に広がっていることを自覚し、そのことを利用して、「近く、週刊誌でスキャンダル仕立ての記事になるかもしれない。」などと、被告佐藤の攻撃対象に対して匂わせるように、自身への批判を萎縮させる行動を行なっています。

 また、被告佐藤は、自身のイスラエルとの関係の深さをことさらに顕示した上で、イスラエル批判者はイスラエルに殺害されても文句は言えないなどと、「言論の自由」を原理的に否定する主張を行っており、こうした被告佐藤の振る舞いおよび発言が、被告佐藤のイスラエル擁護の諸発言を批判することを萎縮させる効果を持つことは明らかであり、テロリズムを背景とした、自身の主張への批判を萎縮させる効果を持つ発言を頻繁に行なっていると言えます。

 また、被告佐藤は、オリックスの宮内義彦会長の発言に対しても、「北海道の右翼が情けないですよね。街宣車で会社の回りをグルグル回るというようなことをして、怖いと思わせなければ、こういう発言はやめないですよね。「発言は自由である。しかし、それには責任がともなう。これが民主主義だ」って」などと、言論に対して暴力をちらつかせて威圧させて黙らせることを積極的に肯定しています(山口二郎編著『政治を語る言葉』七つ森書館、2008年7月1日刊行、242頁。甲28号証)。これが、「言論の自由」の原理的な否定であることは明らかです。

 また、前述のように、被告佐藤が小林による雑誌『SAPIO』および雑誌『わしズム』における自身への批判に対して、直接反論することなく、小林の批判を掲載した『SAPIO』編集長に対して圧力をかけて自身への批判の掲載をやめさせようとしたことは、被告佐藤が「言論封殺」をもっぱらとする者であることを示すものとして、一部マスコミ上でも話題になりました。

 こうした被告佐藤の「言論の自由」への挑戦と言える特異な言動は、多くの人間が注目し、警戒するところとなっています。2009年11月5日時点で99名が署名している「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」(甲29号証。原告が管理するブログ「資料庫」で公開されている)も、「佐藤氏は、言論への暴力による威圧を容認し」ていると述べた上で、本件訴訟にも触れ、被告佐藤と本件記事と論文について、「佐藤氏は、その記事のなかで、同論文を「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容」だなどと中傷しています。これは、市民の正当な言論活動を萎縮させかねない個人攻撃です」と指摘しています。被告佐藤の以上のような特異な言動・行動は、自身の主張への批判を萎縮させるためのものであることは明らかであり、このことは、本件記事が、自身への批判者に対する「見せしめ」のための、被告佐藤への批判を萎縮させるためのものであることを裏付けています。

 以上述べたように、被告佐藤は、批判に対しては言論による反論で応じるという、「言論の自由」の下での基本的な原則を一貫して踏み躙っており、被告佐藤のこのような言動・行動から、本件記事が、私の社会的評価を低下させることにより、論文の信頼性の低下を企図して、被告佐藤が、昵懇の『週刊新潮』記者、被告新潮社、被告早川清と結託して成立せしめたものであり、私への人身攻撃であることは明らかであると考えます。

 被告佐藤および被告佐藤と結託する被告新潮社・被告早川清の行為は、極めて悪質なものであり、日本国憲法が保障する「言論の自由」への侵害であると同時に、それへの挑戦であり、決して放置されるべきでないと考えます。このような行為が放置される場合、日本の言論の発展を大きく歪める、由々しき事態を招くことになることは明らかです。貴裁判所の厳正なる審議と判決を切に願うものです。

以上
  • 2010.04.25 00:00 
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「訴状(原告:金光翔、被告:新潮社・早川清『週刊新潮』前編集長・佐藤優氏)」 

※注:以下は、2009年6月12日に、新潮社・早川清『週刊新潮』前編集長・佐藤優氏を東京地裁に提訴した際の訴状である。訴状の日付は提訴日にあわせた上で、提訴後の7月1日付で行った訂正を反映させた。個人情報に関する箇所は「<略>」とした。 また、掲載に際しては、読みやすさのために行間を空けている。なお、「訴訟物の価額」のうちの26万円分は、謝罪広告費として計上したものである。(金光翔)※



訴状

2009年6月12日

東京地方裁判所民事部御中

事件名  
損害賠償等請求事件


原告

住所 <略>   (電話番号<略>)
氏名 金光翔


被告 

住所 〒162-8711 東京都新宿区矢来町71
氏名 株式会社新潮社
     代表者代表取締役 佐藤隆信

住所 〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 株式会社新潮社気付
氏名 早川清

住所 <略>
氏名 佐藤優


訴訟物の価額 626万円
印紙額 3万6千円


請求の趣旨

一,被告株式会社新潮社,被告早川清は原告に対し,『週刊新潮』誌上に,別紙1記載の謝罪広告を,①見出し9ポイントのゴシック体②本文9ポイントの明朝体で,目次から二頁後の奇数頁に設定されたヨコ2/5Pのスペースの中に,1回掲載せよ。

二,被告佐藤優は原告に対し,『週刊新潮』誌上に,別紙2記載の謝罪広告を,①見出し9ポイントのゴシック体②本文9ポイントの明朝体で,第一項の謝罪広告が掲載されるスペースの中に,1回掲載せよ。

三,被告らは原告に対し,金600万円及びこれに対する,2007年11月29日より支払済みに至るまで年5分の割合による金員を連帯して支払え。

四,訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び第三項につき仮執行宣言を求める。


請求の原因

第一 当事者

1 原告

 原告は,株式会社岩波書店の社員であり,首都圏労働組合の組合員である。

2 被告ら

 被告株式会社新潮社(以下,「被告会社」という)は,出版社で,週刊誌『週刊新潮』(以下「本件雑誌」という)を定期的に発行している。

 被告早川清(以下,「被告早川」という)は,本件雑誌2007年12月6日号刊行時の同誌編集人兼発行人であり,現在は,株式会社新潮社取締役である。

 被告佐藤優(以下,「被告佐藤」という)は,外務省職員で,文筆活動も行なっており,多数の著作を刊行している。

第二 被告らによる違法行為

1 本件記事の掲載頒布

 被告会社および被告早川は,本件雑誌2007年12月6日号の53頁から54頁において,「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」」とのタイトルの記事(甲1。以下,「本件記事」という)を掲載し,本件雑誌同号は2007年11月29日から全国で発売・頒布された。

2 違法行為

 被告会社および被告早川は本件記事の本文において,原告について虚偽の事実に基づいて報道し,名誉を毀損しているものである。

 以下,本件記事中の虚偽部分を指摘しながらその不法行為を明らかにする。

(1)「岩波関係者」の証言による,原告が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”」と「抗議」をしたとの本文の記述部分。

 原告は,「“反総連の記事はけしからん!”」などといった趣旨の発言は行なっていない。原告は,被告佐藤が,日本政府が「朝鮮総連の経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたこと」を擁護する際に,「国益」重視の下,マイノリティの「人権」に対して配慮する姿勢が一片も見られないことを,『世界』編集部で問題であると提起したが,「反総連」であるから「けしからん」などとは言っていない。

 また,『世界』編集部において,『世界』が被告佐藤を筆者として起用し続けることに,原告は異議を唱えたが,その際には,被告佐藤の諸発言における,朝鮮総連をめぐる問題に関するものだけではなく,イスラエルのレバノン侵略の肯定,首相の靖国参拝の肯定,『新しい歴史教科書』とその教科書検定通過の擁護といった点を取り上げ,こうした被告佐藤の主張は,従来『世界』が掲載してきたこれらの論点に関する記事・論文の論旨に真っ向から対立するものであり,かつ,『世界』としては譲れないはずの重要な論点ばかりであると指摘した。

 被告会社および被告早川は,原告が実際には,被告佐藤の多くの論点に関する発言を問題にしていたにもかかわらず,あたかも原告が朝鮮総連に関する件だけを問題にしていたかのように,ことさらに朝鮮総連に関する件のみを原告の発言として記述している。

(2)「岩波関係者」の証言による,原告が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をしたり,匿名で始めたブログで佐藤氏やジャーナリストの斎藤貴男氏など,社と関係の深い作家の批判を繰り返すようになった。編集長も持て余し,校正部に異動させたのです」との本文の記述部分。

 ここでは,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,『世界』編集長が原告を持て余したからこそ,原告を異動させた,という記述内容であると解釈されるが,実際には,原告の方から,2006年12月6日に岡本厚『世界』編集長に口頭で異動願を出したのであり,この記述は事実に反している。また,ここで言及されている原告の運営するブログ「私にも話させて」(甲2)の開設は,2006年
12月4日であるから,異動願を原告が出したのと同時期であり,ブログによって編集長が原告を「持て余し」て「異動させた」という記述も,事実に反している。

(3)「岩波関係者」の証言による,原告の論文「<佐藤優現象>批判」(甲3。以下,「論文」という。論文は『インパクション』第160号(2007年11月10日発行。編集・発行は株式会社インパクト出版会)126頁から160頁に掲載された)においては,原告「の上司も実名を挙げられ,批判されている」との本文の記述部分。 

 論文で,原告が実名を挙げ,その発言を批判した岩波書店社員は,馬場公彦(岩波書店学術一般書編集部編集長)のみであるから,ここでの,「実名を挙げられ,批判され」た「上司」とは,馬場を指している。

 一般読者の普通の注意と読み方からすれば,ここでの「上司」とは,原告と職場を同じくするものと解釈されるが,馬場の所属する部署と原告が当時所属していた部署は,別であり,また,これまで,原告は馬場と同じ部署に所属したことはな
い。したがって,馬場が原告の「上司」であるとの証言は,事実に反している。

(4)「岩波関係者」の証言による,原告の論文においては,「社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから,目も当てられません」との本文の記述部分。
ここでの「社外秘のはずの組合報」とは,論文で引用されている,「岩波書店労働組合「壁新聞」2819号(2007年4月)」を指している。

 岩波書店労働組合「壁新聞」は,岩波書店社内の食堂で,岩波書店労働組合が掲示している文書であるが,そもそもその食堂は,岩波書店の建物内で働く,岩波書店の社員ではない人々(DTP製作者,校正者,印刷業者等)や,岩波書店の出版物の著者も利用することがあり,そうした人々は,「壁新聞」を容易に目にし得るのであるから,「壁新聞」がそのまま「社外秘」になるという,この「岩波関係者」の証言の認識は奇妙である。また,原告は,論文発表時に至るまで,岩波書店および岩波書店労働組合から,「壁新聞」がそのまま「社外秘」であるという説明を受けておらず,また,非社員が容易に目にし得る労働組合の「組合報」(「壁新聞」)をそのまま「社外秘」であるとの認識を説明を受けていなかったとしても持っておくべきであるとする合理的理由がないことも明らかである。

 また,原告は,「壁新聞」について,今後も,外部に公開用の文章で引用・利用することがありうることを,「壁新聞」からの引用を不当だと原告に抗議した岩波書店労働組合に2007年11月15日に伝えており,同様の見解は,原告が所属する労働組合のブログ「首都圏労働組合特設ブログ」2007年12月1日付記事(甲4)でも,原告は明らかにしている。また,「首都圏労働組合特設ブログ」
2007年12月8日付記事(甲4)においては,原告は,岩波書店労働組合の主張を批判した上で,岩波書店労働組合が引用を不当だとした,論文に引用した箇所全文を,再度掲載している。また,論文も,原告が管理するブログ「資料庫」に,2008年1月27日に全文を掲載したが,初出掲載時の傍線は下線に,傍点は太字に,それぞれ改めたほかは修正していない(2008年7月7日に,誤字・初出掲載時の出版社による表記ミスを,適宜改めた)。岩波書店総務部長(取締役)小松代和夫氏は,2008年5月19日に,「首都圏労働組合特設ブログ」を読んでいる旨を原告に明言しているので(「首都圏労働組合特設ブログ」2008年7月23日付記事(甲5)参照),岩波書店労働組合経由での情報で元々知っているとは思われるが,岩波書店は,こうした原告の立場を明確に認識していると言ってよいと思われる。

 ところが,原告の論文が発表された後も,岩波書店労働組合が「壁新聞」の掲載をやめたという事実はなく,株式会社岩波書店が岩波書店労働組合に対して,「壁新聞」を廃止する等の措置を執った事実もない。また,原告のこうした見解について,岩波書店から,何ら注意も受けていない。したがって,仮に岩波書店が「壁新聞」をそのまま「社外秘」だとする見解を有していたとしても,その見解が実質を欠いており,また,前期の掲載様態上,そうした見解が現実には成立しないことも明らかである。

 また,原告が論文で「壁新聞」から引用した全文は,「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは,アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌に寄稿しながら,雑誌の傾向や読者層に応じて主題や文体を書き分け,しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動に共鳴する特定の編集者と密接な関係を構築し,硬直した左右の二項対立図式を打破し,各誌ごとに異なったアプローチで共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み,他社の編集者と意見交換するなかで,佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社のカラーや論壇の左右を超えて小さなリスクの共同体が生まれ,編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり,新聞の社会面を中心に,従来型の検察や官邸主導ではない記者独自の調査報道が始まる。」「この四者(注・権力―民衆―メディア―学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み,化学反応を起こしつつ対抗的世論の公共圏を形成していく。」であるが,ここには,「社外秘」であるとすべき記述が存在しないことは明らかである。引用箇所の筆者である馬場公彦が被告佐藤と昵懇の関係にあることは,岩波書店ホームページの佐藤優『獄中記』(岩波書店,2006年12月6日第1刷発行)の内容紹介(甲6)における馬場の「編集者からのメッセージ――佐藤優とは誰か?」とのタイトルの一文,『獄中記』462・463頁(甲7)の記述,佐藤優『国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社,2005年3月25日第1刷発行)397・398頁(甲8)の記述からも明らかであり,「社外秘」とは言えない。また,そもそも,ある編集者とある著者が昵懇の関係にあることを「社外秘」とまで言うことも,社会通念上,疑問とせざるを得ない。

 したがって,「岩波関係者」の証言による,原告の論文においては,「社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから,目も当てられません」との本文の記述部分は,事実に反している。

(5)被告佐藤の発言による,論文に関する,「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり,絶対に許せません。そして,『IMPACTION』のみならず,岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては,訴訟に出ることも辞しません」との本文の記述部分。

 論文において,社会通念上「滅茶苦茶」かつ「言論を超えた」「個人への攻撃」と認識される程度の,被告佐藤が「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように書いた箇所はない。また,被告佐藤は,「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど」と,論文中に,あたかも被告佐藤が「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように書いた箇所以外にも,「滅茶苦茶な内容」の箇所があることを示唆しているが,そのような箇所はない。また,被告佐藤は,論文を「言論を超えた私個人への攻撃」だと主張しているが,論文は社会通念上の「言論」のルールに反しておらず,「言論を超えた」個人への攻撃ではない。また,論文によって,「社外秘の文書」が漏れたとの認識を示しているが,前4項で述べたように,そのような事実はない。

 また,前5項に引用した被告佐藤の発言は,前5項で指摘したように,原告についての虚偽の事実に基づいての発言であり,名誉を毀損しているものである。

 これらの虚偽の事実を掲載されたことで,原告の名誉は著しく毀損された。


第三 被告らの責任

 本件記事は,上記のとおり,原告の名誉を著しく毀損するものであるから,本件記事が掲載されている『週刊新潮』を発行した被告会社,『週刊新潮』の編集人兼発行人である被告早川が原告に対する不法行為責任を負うことは明らかである。

 また,本件記事において原告および原告の論文に関する虚偽の発言を行なっている被告佐藤は,原告に対する名誉毀損について共同不法行為責任を負う。


第四 違法性の重大さ

1 被告会社および被告早川が発行する『週刊新潮』は日本有数の発行部数を有する週刊誌であり,単純に発行部数と,新聞広告・吊革広告等の広告量の多さから見ても,同誌の影響力は大きなものである。

 その誌面における,「岩波関係者」の証言を用いた,原告が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をし」たとの記述は,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,原告が朝鮮総連の熱心な構成員もしくは同調者であり,だからこそ被告佐藤の起用に反対し,また,論文において被告佐藤を批判しているかのように,原告の『世界』編集部における編集活動および論文執筆が,公正な立場から行われたものではないと読む者をして思わしめるものである。

 また,実際には原告は,2006年12月初旬時点の『世界』の編集方針と原告の思想信条が相反していることを理由として,『世界』編集長に口頭で異動願を出したという形で,適正な手続きに基づいて行なっているにもかかわらず,「岩波関係者」の証言を用いて,原告が『世界』編集部で「“反総連の記事はけしからん!”“なぜ佐藤を連載に使うのか!”などと抗議をしたり,匿名で始めたブログで佐藤氏やジャーナリストの斎藤貴男氏など,社と関係の深い作家の批判を繰り返すようになった。編集長も持て余し,校正部に異動させた」との記述は,あたかも原告が非理性的で,自分勝手で,非常識な人間であるかのように読む者をして思わしめるものである。

 また,「岩波関係者」の証言を用いた,原告の論文には「社外秘のはずの組合報まで引用されているのですから,目も当てられません」との記述は,あたかも原告が「社外秘」を社外に漏らすという,社会通念上,社会人としてふさわしくない人間であるかのように読む者をして思わしめるものである。

 また,「岩波関係者」の証言を用いた,原告の論文においては原告「の上司も実名を挙げられ,批判されている」との記述は,あたかも原告が私怨を込めて論文を書くような人間であるかのように読む者をして思わしめるものである。

 また,被告佐藤による,「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり,絶対に許せません。そして,『IMPACTION』のみならず,岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては,訴訟に出ることも辞しません」との発言は,あたかも原告が他人の主張を捏造し,社会通念上の言論のルールを逸脱した攻撃を行なう人間であり,かつ,「社外秘」を社外に漏らすという,社会通念上,社会人としてふさわしくない人間であるかのように読む者をして思わしめるものである。

 これらの記事内容が虚偽のものであり,全く事実に反するものであることは極めて違法性の高いもので,本件記事を掲載したことで誤った認識を市民に与えた責任は大きく,重大な名誉毀損である。 
 なお,被告会社および被告早川は,本件記事の本文において,論文の筆者たる原告の実名を出した上で,「岩波関係者」の発言として,「金さんは,実は現役の岩波書店の社員」,「中途で入社し,宣伝部を経て『世界』編集部に配属されました。当初は通名でしたが,何時の間にか韓国名を名乗るようになった」などと,原告が本件記事掲載時には公開していなかった個人情報を摘示しているが,これは,原告のプライバシーを侵害しているものである。

2 原告は2009年3月27日付の申入書(甲9)を内容証明郵便で被告早川に送り,本件記事における原告に関する虚偽の記述,プライバシーの侵害の記述を指摘し,そうした記述に関する被告早川の認識等に関する質問を行うなど,徒に争うことなく穏便に解決すべく考え,善処を求めてきたのであったが,被告早川は,申入書で指定した質問への回答期日たる4月6日を過ぎても回答を送って来なかった。そのため,原告が4月14日に被告早川に電話で確認したところ,被告早川は電話に出ず,代わりに電話に出た『週刊新潮』編集部員佐貫は,『週刊新潮』としては,前記の申入書の諸質問について,回答するに値しないと認識しており,回答する気はない旨を述べた。この被告会社および被告早川の姿勢は,何らの誠意も見られぬもので,本件記事の違法性と重大さを考えると,このような状況のままであることは極めて不当なことと考えるものであり,よってやむなく本訴に及ぶ。

 また,被告佐藤は,本件記事において,「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり,絶対に許せません。」などと発言しているにもかかわらず,今日に至るまで,以下の諸点,すなわち,原告の論文において,社会通念上「滅茶苦茶」と認識される程度の,被告佐藤が「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように書いた箇所はどこか,また,原告の論文において,被告佐藤が「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように書いた箇所以外の「滅茶苦茶な内容」の箇所はどこか,また,原告の論文が,いかなる意味において,社会通念上の「言論」ではない,「言論を超えた」「個人への攻撃」であるかを,原告が認識できる範囲の一般刊行物において明らかにしていない。原告は被告佐藤に対して,前記申入書を送る前の2月25日付の公開質問状(甲10)を,内容証明郵便で被告早川宛てに送り,添付用紙にて,被告早川に同公開質問状を被告佐藤に渡すよう依頼した。同公開質問状においては,本段落で既に「以下の諸点」として記した諸点や,被告佐藤が,原告の認識していない何らかの刊行物で,原告に反論している事実があるか等を問うた。ところが,被告佐藤は,公開質問状が指定した質問への回答期日たる3月11日を過ぎても回答を送って来ず,4月11日の原告との電話における『週刊新潮』編集部員佐貫の回答によれば,3月14日もしくはその翌日に,『週刊新潮』編集部の本件記事執筆者が,原告が管理するブログ「資料庫」でインターネット上に公開されている,前記公開質問状と同一内容の公開質問状をプリントアウトしたものを,被告佐藤に送りたい旨を被告佐藤に連絡したところ,被告佐藤は,同公開質問状の受け取りを拒絶したとのことである。そして,今日に至るまで,被告佐藤は公開質問状への回答を原告に送って来ていない。この被告佐藤の姿勢は,何らの誠意も見られぬもので,本件記事の違法性と重大さを考えると,このような状況のままであることは極めて不当なことと考えるものであり,よってやむなく本訴に及ぶ。


第五 損害

 被告らによる上記虚偽事実の掲載頒布によって,原告の名誉は著しく毀損された。

 極めて影響力のある著名なメディアによって,右のような虚偽の事実を書かれ,虚偽の事実の発言を掲載されたことによる原告の信用失墜,精神的苦痛,打撃は量り知れないほど大きなものであり,被告らが原告による指摘,質問に対し,極めて不誠実な対応に接することで,それにより原告を訴訟提起にまで至らしめた物心両面にわたる負担は大きく,原告は少なくとも金600万円は下らない損害を被った。


第六 まとめ

 よって,原告は被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権によって,損害金のうち金600万円およびこれに対する不法行為の日である2007年11月29日から支払済みの日まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めると同時に,原告の名誉回復のための措置として請求の趣旨第一項および第二項のとおり謝罪広告の掲載を求める。


証拠方法

一,甲1号証,『週刊新潮』2007年12月6日号53頁から54頁に掲載された「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」」とのタイトルの記事(目次含む)。

一,甲2号証,ブログ「私にも話させて」 2006年12月に掲載された記事。

一,甲3号証,『インパクション』第160号126頁から160頁に掲載された「<佐藤優現象>批判」とのタイトルの論文。

一,甲4号証,ブログ「首都圏労働組合特設ブログ」2007年11月から12月に掲載された記事。

一,甲5号証,ブログ「首都圏労働組合特設ブログ」2008年7月23日付記事。

一,甲6号証,岩波書店ホームページ 佐藤優『獄中記』(岩波書店,2006年12月6日第1刷発行)内容紹介(甲6)。

一,甲7号証,佐藤優『獄中記』(岩波書店,2006年12月6日第1刷発行)462・463頁。

一,甲8号証,佐藤優『国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社,2005年3月25日第1刷発行)397・398頁。

一,甲9号証,2009年3月27日付の被告早川宛の原告による申入書。

一,甲10号証,2009年2月25日付に原告が被告早川に送った被告佐藤への公開質問状。

一,甲11号証,2009年3月27日付の被告早川宛の原告による申入書の配達証明書(3月30日配達)。

一,甲12号証,2009年2月25日付に原告が被告早川に送った被告佐藤への公開質問状の配達証明書(2月26日配達)。

一,その余は,必要に応じて提出する。

添付書類
一,訴状副本 3通
一,甲号証の写し 各4通
一,商業登記簿謄本 1通


別紙1

 (見出し)謝罪広告
 (本文)本誌は,2007年12月6日号掲載記事「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」において,貴殿に関する記事を掲載しましたが,この記事中の貴殿に関する記述内容の主要な部分は,全く事実に反するものでした。貴殿の名誉を著しく毀損し,貴殿に多大なる迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。

 年 月 日

株式会社新潮社 代表取締役 佐藤隆信
『週刊新潮』前編集長 早川清 

金光翔殿


別紙2

 (見出し)謝罪広告
 (本文)私は,本誌2007年12月6日号掲載記事「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」において,貴殿が発表した論文「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号掲載)について,「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり,絶対に許せません」と発言しましたが,同論文は,そのようなものではありませんでした。貴殿の名誉を著しく毀損し,貴殿に多大なる迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。

 年 月 日

佐藤優

金光翔殿
  • 2009.08.26 00:00 
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金光翔「新潮社・早川清『週刊新潮』前編集長・佐藤優氏への訴訟提起にあたって」 

※注:以下は、2009年6月16日午前に、司法記者クラブ事務局にFAXで送った通知文である。なお、司法記者クラブ事務局によれば、同日、クラブ加盟各社に配信したとのことである。※


                                        2009年6月16日
司法記者クラブ御中
                                               金光翔


      新潮社・早川清『週刊新潮』前編集長・佐藤優氏への訴訟提起にあたって


 私、金光翔(株式会社岩波書店社員(『世界』編集部を経て、現在は校正部に在籍)、首都圏労働組合組合員)は、6月12日、東京地方裁判所民事部に、株式会社新潮社(代表取締役:佐藤隆信)、早川清氏(『週刊新潮』前編集長)、佐藤優氏(外務省職員)を被告とする、600万円の損害賠償・謝罪広告等の請求を目的とした訴状を、提出いたしました。本件訴訟は、代理人を立てない本人訴訟です。

 これは、『週刊新潮』2007年12月6日号に掲載された「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」」とのタイトルの記事において、私の名誉を毀損する虚偽の記述が掲載されたこと、また、私が発表した論文「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月10日発行)掲載)に関して、佐藤優氏(以下、佐藤氏)による、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません」などという、著者である私の名誉を毀損する発言が掲載されたことに関して、名誉回復措置と損害賠償を求めたものです。

 本件については、『週刊新潮』同号発売直後から、私は、私の所属する労働組合のブログ「首都圏労働組合特設ブログ」で、同記事の記述の虚偽の部分を指摘し、また、同ブログおよび個人ブログ「私にも話させて」で、私の上記論文が、佐藤氏が言うような「滅茶苦茶な内容」ではないことを指摘してきました。

 また、本年3月27日には、申入書を内容証明郵便で『週刊新潮』編集長(当時)の早川清氏に送り、同記事における私に関する虚偽の記述、プライバシーの侵害の記述を指摘し、そうした記述に関する認識等に関する質問を行うなど、いたずらに争うことなく穏便に解決すべく考え、善処を求めてきました。

 ところが、『週刊新潮』は、質問に対して一切回答しないどころか、4月14日の私の電話(早川氏は私からの電話に一切出ませんでした)に対して、『週刊新潮』編集部員は、『週刊新潮』としては、前記の申入書の諸質問について、回答するに値しないと認識しており、回答する気はない旨を述べました。

 また、佐藤氏は、私の上記論文のどこに佐藤氏が「言ってもいないこと」をさも佐藤氏の主張のように書いた箇所があるのか等、『週刊新潮』同記事での私の論文への誹謗中傷の根拠を、これまで公的には一切明らかにしていません。

 私は、佐藤氏に対しても、いたずらに争うことなく穏便に解決すべく考え、、『週刊新潮』同記事での私の論文への誹謗中傷の根拠等を問うた公開質問状(私が管理するブログ「資料庫」に2月26日に掲載しました)を送るなど、善処を求めてきました。

 同公開質問状については、2月26日付の内容証明郵便で、早川編集長(当時)宛てに送り、佐藤氏に渡すよう依頼しました。ところが、4月11日の私との電話における『週刊新潮』編集部員の回答によれば、3月14日もしくはその翌日に、同記事を執筆した記者が、同公開質問状(ただし、『週刊新潮』側が、私が内容証明郵便で送った公開質問状を紛失したため、「資料庫」に掲載されている同一内容のそれをプリントアウトしたもの。この辺の経緯は、「私にも話させて」2009年3月17日付記事参照)を、佐藤氏に送りたい旨を佐藤氏に連絡したところ、佐藤氏は受け取りを拒絶したとのことです。そして、今日に至るまで、佐藤氏は公開質問状への回答を私に送って来ていません。

 こうした、『週刊新潮』および佐藤氏の姿勢は、全く誠意も欠いたものとしか考えられず、やむなく本訴に及んだ次第です。
 
 以上の経緯から明らかなように、私は、いたずらに訴訟を好む者ではありません。しかし、本訴訟は、特に以下の2点に関しても、現在の出版・ジャーナリズム界に問題を提起するものとなると考えます。

 一つ目は、佐藤氏と『週刊新潮』の関係です。本件訴訟においては、この関係の究明が、一つの焦点になると思われますが、 『週刊新潮』同記事を書いた記者は、佐藤氏と大変親しく、毎日のようにやりとりしているらしいと、『週刊新潮』編集部員は私に明言しました。

 『実話ナックルズRARE』第1号(2008年10月売)、『中央ジャーナル』203号(2008年11月25日発行)は、『週刊新潮』同記事は、佐藤氏が『週刊新潮』の懇意の記者に書かせたものだと報じています。

 これまで、私に関する記事も含め、佐藤氏の怒りを買ったと思われる書き手について、『週刊新潮』が中傷記事を書くというケースが、3つも続いています。大鹿靖明氏(『AERA』編集部員)と原田武夫氏(原田武夫国際戦略情報研究所代表)のケースです。
 
 大鹿氏の場合、同氏が執筆した記事「佐藤優という『罠』」(『AERA』 2007年4月23日号掲載)について、佐藤氏は代理人弁護士を通じて抗議し、『週刊金曜日』2007年5月11日号には、佐藤氏による「大鹿靖明『AERA』記者への公開質問状」が掲載されています。そして、公開質問状の掲載とほぼ同時期の発売である『週刊新潮』2007年5月17日号では、 「朝日『アエラ』スター記者が『佐藤優』に全面降伏」とのタイトルの記事が掲載されています。この記事は、大鹿氏が佐藤氏に謝罪したこと、匿名の第三者による「記者としてこれからやっていけるのか」などの大鹿氏批判、佐藤氏による大鹿氏批判などが取り上げており、大鹿氏の社会的評価を低下させるものです。

 原田氏の場合、自身のブログで佐藤氏を批判する記事を書き、佐藤氏批判の内容を含む本(『北朝鮮vs.アメリカ』ちくま新書、2008年1月8日発売)を刊行することを予告していましたが、本の刊行直前、『週刊新潮』2008年1月3日・10日号に、「天皇のお言葉」の秘密を暴露してしまった「元外務官僚」」なるタイトルの、大々的な中傷記事を書かれています(この「元外務官僚」とは、原田氏であることが、同記事では実名で示されています)。

 仮に佐藤氏が、自身への批判者に対して、懇意の『週刊新潮』記者と結託して同誌に中傷記事を書かせたのだとすれば、これは、「見せしめ」であり、自身への批判を萎縮させるための行為であると言わざるを得ず、「言論の自由」への挑戦であると言えます。

 こうした推測は、以下のように、佐藤氏が自身の主張への批判を萎縮させる効果を持つ発言をしていることからも、根拠があるものであると考えます。

 佐藤氏は、各誌・単行本で、ガザ侵攻等のイスラエルの軍事行動を擁護する発言を繰り返しており、国際法違反すら容認しています(『国家の謀略』小学館、2007年12月、275~276頁)。

 その一方で、佐藤氏は、

「アラブの原理主義やパレスチナの極端な人たちの中から、「佐藤は日本におけるイスラエルの代弁者だ」ということで、「始末してしまったほうがいい」と言ってくる人たちが出てくるかもしれない。それはそれでかまわない。それを覚悟で贔屓しているわけです。しかしそれと同じように、アラブを贔屓筋にしている人たちは、イスラエルにやられても文句は言えないですよという話です。たとえばアルカイダ、ハマス、ヒズボラのテロリストを支援するような運動をやった場合、これはイスラエルにとって国家存亡の問題ですから、その人は消されても文句は言えない。それくらいの覚悟が求められる贔屓筋の話だと思います。」(『インテリジェンス 武器なき戦争』(幻冬舎、2006年11月)、168頁)

「日本の論壇では、中東問題について、親パレスチナ、親イランの言説が大手を振るって歩いている。筆者は、数少ない、イスラエルの立場を理解しようとつとめる論客に数え入れられているようだ。講演会の質疑応答でも、(あまり数は多くないが)思考が硬直し、自らが日本人であることを忘れ、ハマスやヒズボラの代理人であるかの如き人を相手にすることがある。」(「なぜ私はイスラエルが好きなのか 上」『みるとす』2009年4月号)

などと語っており、イスラエルの軍事行動を批判する人物を、「ハマスやヒズボラの代理人であるかの如き人」とした上で、そのような人物はイスラエルに「消されても文句は言えない」と主張しています。また、佐藤氏は、自身がモサド元長官をはじめとして、イスラエルの多数の要人と懇意であることを多くの媒体で表明しており、イスラエルで「インテリジェンス」を勉強した、そのことは自分の本や論文を読めば誰にでもわかるとの旨の発言を行っています(佐藤優「『AERA』、『諸君!』、左右両翼からの佐藤優批判について」『月刊日本』2007年6月号)。

 以上のように、佐藤氏は、自身のイスラエルとの関係の深さをことさらに顕示した上で、イスラエル批判者はイスラエルに殺害されても文句は言えないなどと、「言論の自由」を原理的に否定する主張を行っており、こうした佐藤氏の振る舞いおよび発言が、佐藤氏のイスラエル擁護の諸発言を批判することを萎縮させる効果を持つことは明らかです。

 また、佐藤氏は、オリックスの宮内義彦会長の発言に対しても、「北海道の右翼が情けないですよね。街宣車で会社の回りをグルグル回るというようなことをして、怖いと思わせなければ、こういう発言はやめないですよね。「発言は自由である。しかし、それには責任がともなう。これが民主主義だ」って」などと、言論に対して暴力をちらつかせて威圧させて黙らせることを積極的に肯定しています(山口二郎編著『政治を語る言葉』七つ森書館、2008年7月、242頁)。これも、「言論の自由」の原理的な否定であることは明らかです。

 このところ、小林よしのり氏が、自身の佐藤氏への批判に対して佐藤氏が『SAPIO』編集部に圧力をかけていたこと等に関連して、佐藤氏を「言論封殺魔」と名づけ、批判しています。佐藤氏は、こうした小林氏の批判に対し、小林氏が指摘するように、開き直りと言える態度をとっています。このように、佐藤氏が「言論の自由」へ挑戦しようとしていることが、一般的にも注目されつつある中、本件の訴訟で一つの焦点となると思われる、佐藤氏と『週刊新潮』の関係を明らかにすることは、現在の出版・ジャーナリズム界への重要な問題提起となると考えます。

 二つ目は、佐藤氏と岩波書店の関係および、『週刊新潮』本件記事と岩波書店の関係です。本件訴訟においては、岩波書店上層部、社員等の出廷が予想されます。

 岩波書店は、『週刊新潮』本件記事の私の人事異動に関する、私の名誉を毀損する記述内容が、虚偽であることを認識しているはずであるにもかかわらず、『週刊新潮』に抗議はしないことを記事掲載直後から私に明言し、また、この記事が出たことにより蒙ったとする岩波書店の被害をも私の責任であるとしています。その上で、私を「厳重注意」の対象にし、各部署ごとに役員臨席で全社規模で「臨時部会」を開催し、私に「厳重注意」を下したことを周知徹底させています。「厳重注意」よりも重い処分が下された事例は、私もこれまで岩波書店で何度か見てきましたが、このように、「臨時部会」まで開かれ、しかも各部署ごとに役員臨席という事例はありません。私に対する「嫌がらせ」だと、私は理解しています。

 また、現在の佐藤氏と岩波書店の関係は、『世界』誌上で佐藤氏と大田昌秀氏(元沖縄県知事)の連載対談「沖縄は未来をどう生きるか」が掲載されていたり、また、本年4月には岩波現代文庫の一冊として佐藤氏の『獄中記』が刊行されていたりするなど、友好的なものです。ところが、これは、『週刊新潮』本件記事から考えると、極めて奇妙な事態なのです。

 佐藤氏は、『週刊新潮』同記事において、「『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と発言しています。

 ここでの「社外秘の文書」とは、私が上記論文で引用した、「岩波書店労働組合壁新聞」を指します。この引用を指して社外秘の文書が漏れたとはとても言えないこと(そもそも労働組合の文書です)は、訴状でも明らかにしています。

 そして、私は、『週刊新潮』本件記事掲載直後から、「岩波書店労働組合壁新聞」を従来どおり必要があれば発表する文章に於いて引用することがある旨を、「首都圏労働組合特設ブログ」で表明しています。岩波書店は私のこの見解を認識していますが、岩波書店は、「岩波書店労働組合壁新聞」を廃止させる等の措置を何らとっていません。すなわち、「訴訟に出ることも辞しません」とまで岩波書店に激怒しておきながら、『週刊新潮』本件記事掲載後から、「社外秘の文書」に関して、事態は何も変わっていないにもかかわらず、佐藤氏は岩波書店との友好関係を回復しているのです。
 
 佐藤氏も岩波書店も、この明白に奇妙な状況について、一切発言していません。『週刊新潮』本件記事掲載直後に、私は、今後は佐藤氏のような「岩波書店の著者」を批判する内容等を含む文章を発表しないよう誓うことを岩波書店から迫られ(私は拒否しています)、「厳重注意」を受けましたが、仮にこうした岩波書店の要求を私が呑んでいれば、こうした奇妙な状況は生じなかったことになりますから、佐藤氏(と岩波書店)としては、私が簡単に折れるものと考えていたのかもしれません。
 
 一社員の論文に関して、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません」などと言っておきながら、その「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いた箇所はどこかすら公的に明らかにしておらず、『週刊新潮』本件記事に協力した人物の新刊を岩波書店が刊行し、岩波書店発行の雑誌に登場させることは、一社員への佐藤氏の攻撃を容認することであり、社員の人権を蔑ろにするものです。

 岩波書店のように、これまでの刊行物等から、「平和」、「人権」、「学術」といったイメージを持つ出版社が、佐藤氏の新刊を刊行し、発行物で登場させることは、佐藤氏の主張を社会的に受け入れやすくさせます。岩波書店は自社のこうしたイメージを、積極的にブランドとして活用しようとしていますから、私が上記論文等で指摘しているような、排外主義的主張や国権主義的主張を数多くの媒体で展開している佐藤氏を使うことの社会的責任をどう認識しているのか、公的に明らかにすべきです。前記のような、佐藤氏の「言論の自由」への挑戦と言うべき諸発言については、特にそうでしょう。ところが、岩波書店は、そうした釈明を今日まで一切行っていないどころか、『世界』編集部在籍時に、佐藤氏を使い続ける編集方針を理由として異動を申請し、「<佐藤優現象>批判」という論文を私的な立場で(岩波書店社員であると公表せずに)発表した私に対して、「嫌がらせ」ととらざるを得ない行為を行っています。

 この「嫌がらせ」に関しては、私が少数組合を結成していたことにも起因している可能性があると思いますので、この件について若干付記しておきます。

 私は、岩波書店労働組合(2009年4月時点の組合員数は160名)の私への不当な対応に失望し、社外の友人らとともに、2007年4月、「首都圏労働組合」を結成し、ユニオンショップの御用組合である岩波書店労働組合(一例を挙げると、『週刊新潮』同記事掲載号発売時点、岩波書店の役員8名中、4名が同組合の委員長・副委員長経験者でした)から脱退しました。岩波書店内での首都圏労働組合員は、結成時も現在も私一人です。

 岩波書店労働組合は、私の脱退を認めず、私に対してさまざまな嫌がらせを行ってきていますが、そのうちの一つとして、岩波書店労働組合が、他にとりうる手段があるにもかかわらず、勤務時間中に職場にわざわざおしかけて、脱退は認められないから組合費を払えなどと要求していることが挙げられます。会社には労働法上、職場環境配慮義務があることから、私は岩波書店に事態の是正を依頼しましたが、岩波書店はこれを拒否しました。

 私は東京都労働相談情報センター(東京都産業労働局の出先機関)に相談したところ、同センターは岩波書店と私の間で「あっせん」を行うことを岩波書店に提案しましたが、岩波書店はこの「あっせん」すら拒否しました。すなわち、岩波書店は、御用組合が私に嫌がらせをしていることを容認し、事態の打開のための行政機関の仲介の提案すら拒否しているのです(この件の詳細は、「首都圏労働組合特設ブログ」2007年12月13日付記事参照)。私の岩波書店への事態是正の依頼とその拒否や、同センターの「あっせん」の提案とその拒否といった出来事は、『週刊新潮』同記事掲載号発売日の直前である、2007年10から11月にかけてのことです。この件も、岩波書店の『週刊新潮』同記事への対応を考える上で、一つの材料となりうると考えます。
 
 岩波書店は、現在、慢性的な経営不振と、2008年度における売上高の急激な低下により、経営者が「非常事態」宣言を発している状況ですが、こうした背景の下での岩波書店の上記のような姿勢は、船場吉兆や赤福など、少し前にジャーナリズムを賑わせた、老舗企業の不祥事と同質の性格を持つものだと考えます。本件訴訟の過程を通じ、佐藤氏と岩波書店の関係および、『週刊新潮』本件記事と岩波書店の関係に社会的注目が集まることは、出版・ジャーナリズム界にとって、大変有意義であると考えます。
 
 本件について、公正な立場から、社会的視点に立った適切な報道をしていただけますよう、お願いいたします。

(連絡先:金光翔(キム・ガンサン) gskim2000@gmail.com  (※注:携帯番号))
以上
  • 2009.06.16 18:30 
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金光翔「佐藤優氏への公開質問状」 

(金注※ 以下は、2009年2月25日付の内容証明郵便で早川清『週刊新潮』編集長宛てに送った、佐藤優氏への公開質問状である。早川編集長に、公開質問状を佐藤氏に渡すよう書いておいた。実際に送った質問状は、内容証明郵便の書式に則って書かれており、そのままでは読みにくいので、一部、英数字を全角から半角に直し、行間を空け、下線を引き、太字化した。ただし、文言に関しては、一切手を加えていない。)




                                                 2009年2月25日
佐藤優様
                                                        金光翔
                        
                         公開質問状

冠省
 以下の諸点について、質問いたしますので、2009年3月11日までのご回答をお願いいたします。
なお、この公開質問状および佐藤様からのご回答につきましては、私が運営するブログ「資料庫」(http://gskim.blog102.fc2.com/)にて公開させていただきたく思います。

 佐藤様は、「左右両翼からの批判について、公共圏で論じる必要がある問題提起には、投書への返信を含め、時間の許す範囲で誠実に対応してきたつもりである」(『世界認識のための情報術』金曜日、2008年7月刊、8頁)、『週刊金曜日』の「編集部経由で筆者に寄せられた照会についても、すべて回答している。筆者の反論に、批判者がどの程度、納得しているかわからないが、筆者としては誠実に回答しているつもりである。いずれにせよ、編集部を経由して、このような形で読者との双方向性が担保していることをうれしく思う」(同書、222・223頁)と書かれているので、よもや、こうした提案をお断りされることはあるまいと愚考いたします。

 また、質問項目数に関しても、佐藤様ご自身が、『AERA』2007年4月23日号掲載記事「佐藤優という「罠」」に関して、『AERA』記者に送られた「公開質問状」での65という質問項目数(大項目は27項目)に比べれば、大変少ないので、質問項目数が多すぎるとして回答しない、または、回答を遅らせる、といった対応をされることもあるまい、と考えております。
                                                         草々



質問1 『週刊新潮』2007年12月6日号掲載記事「佐藤優批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」および同記事での佐藤様の発言について>

 この記事では、私が『インパクション』第160号(2007年11月発売)に発表した論文「<佐藤優現象>批判」に関する、佐藤様の以下の発言が掲載されています。

「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。そして、『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」


質問1-1.このように佐藤様が発言されたのは、事実でしょうか。もし事実でないならば、どの点に相違があるのでしょうか。また、事実でないならば、報道の訂正を行なうよう、『週刊新潮』編集部に要求されたのでしょうか。

 以下、この記事での佐藤様の発言全体は実際の発言である、または、以下で引用する箇所の佐藤様の発言は実際の発言であるとして、質問させていただきます。


質問1-2.佐藤様が「言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いたとされる箇所は、私の上記論文中の具体的にどの箇所でしょうか。


質問1-3.前問で佐藤様が挙げられる箇所が、単なる私の誤解ではなく、「言論を超えた私個人への攻撃」であるとご判断される根拠は何でしょうか。


質問1-4.佐藤様は、私の上記論文を「無茶苦茶な内容」と評するにあたり、その根拠として、上記論文が、佐藤様が「言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど」していることを挙げておられます。「など」と発言されているので、佐藤様が上記論文を「無茶苦茶な内容」と評される根拠としては、「言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いたこと以外のものがあるということになります。その、佐藤様が「言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いたこととは別の、私の上記論文を「無茶苦茶な内容」だと評される根拠は何でしょうか。


質問1-5.佐藤様は、「『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります」と発言されていますが、『インパクション』の「責任」とは、具体的に何でしょうか。


質問1-6.佐藤様は、「岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と発言されていますが、この場合の岩波書店の「責任」とは、具体的に何でしょうか。


質問1-7.佐藤様は、岩波書店について、「社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない」と発言されています。

 ここでの「社外秘の文書」とは、同記事で「岩波関係者」が、私が「社外秘のはずの組合報まで引用」したことを批判しているので、この「組合報」を指すと考えられます。では、佐藤様は、どのような根拠に基づき、岩波書店労働組合の「組合報」を「社外秘」であると断定されるのでしょうか。根拠が明示されない限り、企業の社内報ではない、一労働組合の「組合報」を「社外秘」だと断定されるのは、奇妙に聞こえます。


質問1-8.佐藤様は、「岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と発言されています。

 私は、佐藤様がおっしゃるところの「社外秘の文書」である「組合報」、「岩波書店労働組合壁新聞」について、今後も、外部に公開用の文章で引用・利用することがありうることを岩波書店労働組合側に伝えていますし、私のそうした立場は、「首都圏労働組合特設ブログ」で私が執筆した「『週刊新潮』の記事について④:「岩波書店の社内問題」への矮小化」でも、公的に明らかにしています。

 岩波書店総務部長(取締役)小松代和夫氏は、「首都圏労働組合特設ブログ」を読んでいる旨を明言しているので、岩波書店労働組合経由での情報で元々知っているとは思われますが、岩波書店は、こうした私の立場を明確に認識していると断じてよいでしょう。

 『週刊新潮』の上記記事が掲載された後も、岩波書店労働組合が「壁新聞」の掲載をやめたという事実はなく、株式会社岩波書店が岩波書店労働組合に対して、「壁新聞」を廃止する等の措置を執った事実もありません。したがって、佐藤様からすれば、『週刊新潮』の上記記事が掲載されてから現在に至るまで、一貫して岩波書店は、「社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所」であるはずです。

 ところが、佐藤様は、『週刊新潮』の上記記事掲載後に発売された、『世界』2008年3月号に、「『プーチン20年王朝』シナリオの綻び」という文章を執筆されており、また、『世界』2009年1~3月号では、「沖縄は未来をどう生きるか」という対談を、大田昌秀氏と行なっておられます。

 また、『世界』2008年5月号の巻末に掲載されている、岩波書店の「5月刊行予定の本」欄には、佐藤様と柄谷行人氏との共著で『国家の臨界――世界のシステムを読み解く――』という本が、同年5月28日に刊行される旨が記されています(実際には、どういうわけか現在まで刊行されていませんが)。なお、佐藤様が『ZAITEN』で連載されている「佐藤優の獄外日記」でも、同年2月に、柄谷氏との対談原稿に加筆・手直しを行なったこと、「柄谷行人夫妻、岩波書店の編集者と会食」を行なったことが記されています(『ZAITEN』2008年5月号)。

 また、佐藤様は、『金曜日』2008年4月11日号に掲載された、ご自身の連載「佐藤優の飛耳長目」では、沖縄戦集団自決裁判の第一審の「原告団が、『沖縄ノート』の内容に異議があるならば、版元の岩波書店を訪ね、議論をすればよい。筆者も岩波書店とは付き合いがあるが、岩波側は誠実に対応すると思う」と述べておられます。

 佐藤様は、「社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と発言されており、そうした環境は、全く変わっていないにもかかわらず、なぜ、『世界』で執筆を続けられ、単行本刊行の準備も進められ、「岩波側は誠実に対応すると思う」などと発言されているのでしょうか。


質問1-9.佐藤様は、「今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と発言されていますが、岩波書店はどのような法律のどのような条文に違反していたと認識されていたのでしょうか。


質問1-10.佐藤様は、「今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と発言されていますが、なぜ前問でご提示される根拠に基づいて、岩波書店を告訴されなかったのでしょうか。


質問1-11.佐藤様は、「今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と発言されていますが、「今後の対応」として、岩波書店側と佐藤様の間で何らかのやりとりがあったのでしょうか。


質問1-12.もし「今後の対応」として岩波書店側と佐藤様の間で何らかのやりとりがあったのだとすれば、それはどのような内容だったのでしょうか。


質問1-13.佐藤様が、「岩波側は誠実に対応すると思う」などと発言されている根拠は何でしょうか。


質問1-14.佐藤様は、私の論文「<佐藤優現象>批判」に関して、『週刊新潮』の上記記事で、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません」と発言されているにもかかわらず、これまで私の論文に対して公的な形で反論を行なっておられないように思われます。これは私の誤解で、何らかの刊行物で、公的な形で反論を行なっておられるのでしょうか。


質問1-15.佐藤様がもし何らかの刊行物で私の論文への反論を行なっておられるのでしたら、私が「<佐藤優現象>批判」の論文のプロフィール欄で公開しているメールアドレスや、『インパクション』編集部等のルートを使って、私に反論を行なったことを通知することはいくらでも可能であるにもかかわらず、今日に至るまで、私への通知を行なわれなかったのはなぜでしょうか。


質問1-16.もし佐藤様が、これまで私の論文に対して公的な形で反論を行なっておられないのであれば、それはなぜでしょうか。


質問1-17.佐藤様は『ZAITEN』2008年7月号の記事で、以下のように、2008年4月23日のご活動について記されています。

「4月23日(水)/晴れ/学士会館の中華レストラン「紅楼夢」で和田春樹東京大学名誉教授と意見交換。金光翔氏(岩波書店社員)の『インパクション』誌に掲載された「<佐藤優現象>批判」なる論文について。『インパクション』誌の編集方針に小生に対する特段の偏見はないという認識で一致。」
 
 私の論文に関して、佐藤様と和田氏の間で行なわれた「意見交換」の内容は、どのようなものだったのでしょうか。少なくとも、そこで話された佐藤様の私の論文に関する「意見」については、是非お答えいただきたく思います。


質問1-18.『週刊新潮』の上記記事に関して『実話ナックルズRARE』第1号(2008年10月売)は、佐藤様が、懇意の『週刊新潮』の記者(私にメールを送ってきた、荻原信也記者だと思われますが)に書かせた旨を、佐藤様を知るというマスコミ関係者の発言を引きながら報じています。また、『中央ジャーナル』203号(2008年11月25日発行)の「佐藤優が岩波書店社員を恫喝」なる記事でも、『週刊新潮』の上記記事について「佐藤が「なじみの『週刊新潮』記者を使い、コメントを装って「岩波にも責任がある」と恫喝」したと書かれています。

 また、『インパクション』の深田編集長からも、『週刊新潮』の同記事は、佐藤様が『週刊新潮』のご友人の記者に、「<佐藤優現象>批判」の著者である私が岩波書店社員であることなどを、ある岩波書店社員から佐藤様が聞かれた話として、お伝えされたことが発端であったらしいと伺っています。深田編集長は、このことを、佐藤様ご自身から聞いたとのことです。

 『週刊新潮』の同記事で、記者に初めに情報を提供したのが佐藤様であるという、上記の報道および証言は、事実でしょうか。


質問1-19.『週刊新潮』の上記記事は、私が「首都圏労働組合特設ブログ」で指摘しているように、私の名誉を毀損する虚偽の記述を含んでいます。『週刊新潮』の記者に初めに情報を提供したのが佐藤様であるという、前問で挙げた報道および証言が事実であるならば、佐藤様にそうした情報を伝えた岩波書店関係者とは、具体的に誰(もしくは誰々)でしょうか。当人に直接確認したいので、氏名をお答えください。



質問2 2008年1月20日における佐藤優様・安田好弘氏・深田肇『インパクション』編集長の会合について>

 佐藤様は、安田好弘氏を介して、『インパクション』の深田肇編集長と、2008年1月10日に会合(以下、1月の会合)を持たれました。佐藤様ご自身も、『ZAITEN』2008年3月号で、1月10日に「深田卓『インパクション』編集長と意見交換」を行なったと記されています。

 大変遺憾なことに、『インパクション』の深田編集長が、この会合で話し合われた内容を、論文の筆者たる私にほとんど伝えて下さらないため、会合内容の詳細について、私は存じ上げません。


質問2-1.佐藤様が、私への反論を行なうことなしに、『インパクション』の深田編集長と安田弁護士を介して会合されようとされたのは、なぜでしょうか。


質問2-2.1月の会合で、佐藤様は、私の論文に関してどのようなお話をされたのでしょうか。


質問2-3.1月の会合で、佐藤様が私の論文に関してお話された内容は、今日に至るまで、佐藤様からは公的な形で明らかにされていないと思われます。これは私の誤解で、何らかの刊行物で、公的な形で明らかにされているのでしょうか。


質問2-4.もし佐藤様が、1月の会合で私の論文に関してお話しされた内容を公的な形で明らかにしておられないならば、それはなぜでしょうか。



質問3.『SPA!』2008年12月9日号(12月2日売)掲載記事「佐藤優のインテリジェンス職業相談 第三回」について>

 佐藤様は、この記事で、小林よしのり氏を想定していると思われる「大林わるのり」が佐藤様に相談されるという形式の「フィクション」を書かれています。

 そして、そこで「大林わるのり」に、「「言論封殺魔」がやってきて、あらゆる雑誌編集部に手を回しているのでわしの素晴らしい原稿が日の目を見ない」、また、「言論封殺魔」を批判した漫画で、「すこし「飛ばし」(事実でない記述をすること)てしま」ったため、「事実誤認で「言論封殺魔」から損害賠償請求をされるのではないか?そのことを考えると心配で夜も眠れない」と、佐藤様に相談させています。

 そして、ここでの「事実誤認」の一例として、佐藤様は、「大林わるのり」に、以下のように言わせています。

「「言論封殺・弾圧を詳細に報告している」とある労働組合のブログを紹介したが、この労働組合が委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからないユウレイ組合だったのだ」

 ここでの「ある労働組合」とは、上の記事において、佐藤様が「本職業相談は、『SAPIO』11月26日号(小学館)に掲載の「ゴーマニズム宣言」第36章を題材にしたフィクション」と記述している以上、『SAPIO』の当該記事で言及されている「首都圏労働組合」を指します。


質問3-1.佐藤様はここで、「大林わるのり」の言葉を借りて、首都圏労働組合を「ユウレイ組合」であるとされていますが、そのように規定される根拠は何でしょうか。


質問3-2.「「言論封殺・弾圧を詳細に報告している」とある労働組合のブログを紹介したが、この労働組合が委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからないユウレイ組合だったのだ」という文章を読む限り、佐藤様は、首都圏労働組合が「委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからない」からこそ、「ユウレイ組合」である、と主張されているように思われます。ここでの「委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからない」とは、具体的にどういった意味でしょうか。インターネット上でそうした情報が公開されていない、ということでしょうか。それとも、首都圏労働組合が、そうした情報を外部に一般的に公開していない、ということでしょうか。


質問3-3.「委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからない」とは、首都圏労働組合が外部に一般的にそうした情報を公開していないことであるという意味であるとすれば、佐藤様は、どのようにして、そのように断定される根拠を得られたのでしょうか。


質問3-4.「委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからない」という佐藤様のご認識は、「首都圏労働組合に実体があると判断する、規約などの材料を自分たちは持ち合わせていない」という、岩波書店側の首都圏労働組合に対する主張に非常に似ている(ただし、岩波書店は首都圏労働組合とのやりとりにおいて、「委員長」「住所」は認識しているはずですが)ように思われます。

 佐藤様が首都圏労働組合について「委員長、書記長の名前、住所、電話番号もわからないユウレイ組合」と断定されたのは、岩波書店上層部から佐藤様が、首都圏労働組合は「ユウレイ組合」だと直接伺われたからなのでしょうか。


質問3-5.佐藤様が首都圏労働組合を「ユウレイ組合」と断じられる根拠が、岩波書店上層部から直接佐藤様が伺われた情報ではなく、第三者を経由した伝聞の形で、間接的に得た情報であったとするならば、なぜ、そうしたあやふやな伝聞をもとに、首都圏労働組合を「ユウレイ組合」と断じられたのでしょうか。


質問3-6.首都圏労働組合は、「首都圏労働組合特設ブログ」において、メールアドレスを明示しているにもかかわらず、佐藤様は首都圏労働組合を「ユウレイ組合」だと断じられるに際して、事前または事後に、質問・確認を一切行なわれていません。これは、なぜでしょうか。
                                                         
                                                         以上
  • 2009.02.26 00:00 
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金光翔「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)【下】 

7.「国民戦線」としての「人民戦線」

 ここで、佐藤の提唱する「人民戦線」なるものが、いかなる性質のものであるかを検証しておこう。

 佐藤は、このところ、沖縄戦の集団自決に関する高校歴史教科書検定での書換えの件について、書換えを批判する立場から、積極的に発言している。『金曜日』の佐藤の記事を引用しよう。佐藤は、「歴史教科書検定問題を放置すると日本国内で歴史認識問題が生じ、日本国家、日本国民の一体性にヒビが入り、外国から干渉される口実にもなる」と、右翼が多く出席する会合で発言したところ、会場からは反発はまったくなく、ある右翼理論家も「これは日本国家統合の危機をもたらす深刻な問題だ。教科書の書き換えなどもってのほかだ。右側、保守としても真剣に対処しなくてはならない」と述べたとしている。笑うべきことに、佐藤はこの記事を「過去の日本国家の過ちを率直に認める勇気が今必要とされている」と結んでいる(52)。

 佐藤が、日本国家の弱体化の阻止の観点から格差社会化に反対していることは、「5③」で述べた。また、前述の「フォーラム神保町」の「世話人」には、『金曜日』関係者だけではなく、部落解放同盟の関係組織である解放出版社の編集者が名を連ねている。また、佐藤が北海道で活動する新党大地の有力な応援団の一人であることも、よく知られていよう。

 私が興味深く思うのは、佐藤の論理においては、「日本国家、日本国民の一体性」を守る観点からの、それらの人々―経済的弱者、地方住民、沖縄県民、被差別部落出身者―の国家への包摂が志向されている点である。「国益」の観点からの、「社会問題」の再編が行われている。この論理は、改憲後、リベラル・左派において支配的になる可能性が高いと思われる。

 この包摂には、基本的に、在日朝鮮人は含まれない。ここがポイントである。ただし、「反日」ではない、日本国籍取得論を積極的に主張するような在日朝鮮人は入れてもらえるだろう(53)。佐藤が言う「人民戦線」とは、「国民戦線」である。

 「国民戦線」が包摂する対象には、ネット右翼ら右派層も含まれよう。リベラル・左派の大多数は、インターネット上での在日朝鮮人への差別・殺人教唆・デマ書き込みは放置し、人種差別規制を目的とした人権擁護法案に関しても、「言論・表現の自由の侵害」として法案成立に全面的に反対した。メディア規制を外した対案を成立させようとする意志もなかった。

 私には、誰の目にも明らかなネット上をはじめとした在日朝鮮人への差別・殺人教唆・デマ書き込みや〈嫌韓流〉に対し、「人権」を尊重するはずのリベラル・左派が沈黙していること、それどころか差別規制の可能性すら「言論・表現の自由の侵害」として潰すことについて(それにしても、この連中は、人種差別禁止が法制化されているフランスやドイツ等の諸国には「言論・表現の自由」がないとでも言うのだろうか)、かねてから不思議だったのだが、〈佐藤優現象〉の流れから考えると理解できるようになった。すなわち、「日本国民の一体性」を守るために、ネット右翼のガス抜きとして、在日朝鮮人への差別書き込み等は必要悪だ、ということなのだろう。「国民戦線」には、在日朝鮮人は含まれず、恐らくは社会的弱者たるネット右翼は含まれるのだから(54)。無論、ネット右翼の増加、過激化が、「国益」の観点から見てマイナス、という論理も成り立ちうるが、「国益」の論理に立てば、両者は比較の問題でしかないのだから、差別書き込み等が必ずしも規制されることにはならない。

 かくして、「国益」を中心として「社会問題」が再編された上での「国民戦線」においては、経済的弱者や地方経済の衰退、日本国民として統合されているマイノリティに対する差別禁止の声は高まるだろうが、在日朝鮮人の人権は考慮されず、〈嫌韓流〉による在日朝鮮人攻撃も黙認されるだろう。すでにその体制は完成の域に近づきつつある(55)。


 
8.改憲問題と〈佐藤優現象〉

 〈佐藤優現象〉に示される問題を、喫緊の問題である改憲問題にひきつけて考えてみよう。

 現在のジャーナリズム内の護憲派の戦略は、大雑把に言えば次のようなものだ。北朝鮮問題には触れないか、佐藤優のような対北朝鮮戦争肯定派を組み込むことによって、「護憲」のウィングを右に伸ばし、「従来の護憲派」だけではない、より幅の広い「国民」層を取り込む。また、アジア太平洋戦争については、「加害」の点を強調する(それは「反日」になるから)のはやめて、「被害」の側面を強調し、改憲することによって再び戦争被害を被りかねないことに注意を促す。

この戦略は馬鹿げている。対北朝鮮戦争は人道上、言語道断だと言うだけではない。国民投票の票計算として馬鹿げているのだ。

 そもそも、改憲か護憲(反改憲)か、という問いは、以下の問いに置き直した方がよい。日本国家による、北朝鮮への武力行使を認めるかどうか、という問いだ。

 簡単な話である。仮に日本が北朝鮮と戦争した際、敗戦国となることはありえない。現代の戦争は、湾岸戦争にせよイラク戦争にせよ、アメリカ単独もしくはアメリカを中心とした多国籍軍対小国という、ゾウがアリを踏むような戦争になるのであって、ゾウの側の戦争当事国本国が敗北することは、一〇〇%ありえないからである。大衆は、マスコミの人間ほど馬鹿ではないのだから、そのことは直感的に分かっている。したがって、対北朝鮮攻撃論が「国民的」世論となってしまえば、護憲側に勝ち目は万に一つもない。

 護憲派が、あくまでも仮に、「護憲派のポピュリズム化」や、右へのウィング(これで護憲派が増えるとは全く思えないのだが、あくまでも仮定上)で「護憲派」を増やしたとしても(たとえ、一時的に「改憲反対」が八割くらいになったとしても)、対北朝鮮攻撃論が「国民的」世論ならば、そんな形で増やした層をはじめとした護憲派の多くの人々は「北朝鮮有事」と共に瞬時に改憲に吹っ飛ぶ。自分らに被害が及ぶ可能性が皆無なのだから、誰が見ても解釈上無理のある「護憲」より、「改憲」を選ぶのは当たり前である。

 佐藤のような「リアリスト」を護憲派に組み込む(組み込んだつもりになる)ことで、護憲派は、「現実的」になって改憲に対抗しうると妄想していると思われるが、それこそ非現実的な妄想の最たるものだ。口先だけ護憲の旗頭を掲げている人間と無原則的に組んで、ジャーナリズム内の「護憲派」を増やしたところで、大衆には無関係である。現在の、〈佐藤優現象〉に見られる無原則さ、「右」へのシフトは、対北朝鮮攻撃の容認に向けた世論形成を促進し、大衆への「護憲派」の説得力を失わせることに帰結するだろう。



9.「平和基本法」から〈佐藤優現象〉へ

 〈佐藤優現象〉を支えている護憲派の中心は、雑誌としては『世界』であり、学者では山口二郎と和田春樹である。この顔ぶれを見て、既視感を覚える人はいないだろうか。すなわち、「平和基本法」である。これは、山口や和田らが執筆し、共同提言として、『世界』一九九三年四月号に発表された。その後、二度の補足を経ている(56)。

 私は、〈佐藤優現象〉はこの「平和基本法」からの流れの中で位置づけるべきだと考える。

 同提言は、①「創憲論」の立場、②自衛隊の合憲化(57)、③日本の経済的地位に見合った国際貢献の必要性、④国連軍や国連の警察活動への日本軍の参加(58)、⑤「国際テロリストや武装難民」を「対処すべき脅威」として設定、⑥日米安保の「脱軍事化」、といった特徴を持つが、これが、民主党の「憲法提言」(二〇〇五年一〇月発表)における安全保障論と論理を同じくしていることは明白だろう。実際に、山口二郎は、二〇〇四年五月時点で、新聞記者の「いま改憲は必要なのか」との問いに対して、「十年ほど前から、護憲の立場からの改憲案を出すべきだと主張してきた。しかし、いまは小泉首相のもとで論理不在の憲法論議が横行している。具体的な憲法改正をやるべき時期ではないと思う」と答えている(59)。「創憲論」とは、やはり、改憲論だったのである。

 同提言の二〇〇五年版では、「憲法九条の維持」が唱えられているが、これは、政権が「小泉首相のもと」にあるからだ、と解釈した方がいいだろう。「平和基本法」は、戦争をできる国、「普通の国」づくりのための改憲論である。同提言は軍縮を謳っているが、一九九三年版では、軍縮は「周辺諸国の軍縮過程と連動させつつ」行われるとされているのだから、北朝鮮や中国の軍事的脅威が強調される状況では、実現する見込みはないだろう(60)。また、「かつて侵略したアジアとの本当の和解」、二〇〇五年版では、周辺諸国への謝罪と過去清算への誠実な取組みの必要性が強調されているが、リベラルは過去清算は終わったと認識しているのであるから、これも実効性があるとは思えない。要するに、同提言には、論理内在的にみて、軍事大国化への本質的な歯止めがないのである。

 佐藤が語る、愛国心の必要性(61)、国家による市民監視(62)、諜報機関の設置等は、「普通の国」にとっては不可欠なものである。佐藤の饒舌から、私たちは、「平和基本法」の論理がどこまで行き着くかを学ぶことができる。

 馬場は、小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝について、「今後PKOなどの国際的軍事・平和維持活動において殉死・殉職した日本人の慰霊をどう処理し追悼するか、といった冷戦後の平和に対する構想を踏まえた追悼のビジョンもそこからは得られない」と述べている(63)。逆に言えば、馬場は、今後生じる戦死者の「慰霊」追悼施設が必要だ、と言っているわけである。「普通の国」においては、靖国神社でないならば、そうした施設はもちろん、不可欠だろう。私は、〈佐藤優現象〉を通じて、このままではジャーナリズム内の護憲派は、国民投票を待たずして解体してしまう、と前に述べた。だが、むしろ、すでに解体は終わっているのであって、「〈佐藤優現象〉を通じて、残骸すら消えてしまう」と言うべきだったのかもしれない。

 ここで、テロ特措法延長問題に触れておこう(64)。国連本部政務官の川端清隆は、小沢一郎民主党代表の、テロ特措法延長反対の発言について、「対米協調」一辺倒の日本外交を批判しつつ、「もし本当に対テロ戦争への参加を拒絶した場合、日本には国連活動への支援も含めて、不参加を補うだけの実績がない」、「ドイツが独自のイラク政策を採ることができたのは、アフガニスタンをはじめ、世界の各地で展開している国連PKOや多国籍軍に参加して、国際社会を納得させるだけの十分な実績を積んでいたからである。翻って日本の場合、多国籍軍は言うに及ばず、PKO参加もきわめて貧弱で、とても米国や国際社会の理解を得られるものとはいえない」と述べている(65)。

 元国連職員の吉田康彦は「国連憲章の履行という点ではハンディキャップなしの「普通の国」になるべきだと確信している。(中略)安保理決議による集団安全保障としての武力行使には無条件で参加できるよう憲法の条文を明確化するのが望ましい」と述べている(66)。川端と吉田の主張をまとめれば、「対米協調一辺倒を避けるため、国連PKOや多国籍軍の軍事活動に積極的に参加して「国際貢献」を行わなければならない。そのためには改憲しなければならない」ということになろう。民主党路線と言ってもよい。今の護憲派ジャーナリズムに、この論理に反論できる可能性はない。「8」で指摘したように、対北朝鮮武力行使を容認してしまえば、改憲した方が整合性があるのと同じである。

 なお、佐藤は、『世界』二〇〇七年五月号に掲載された論文「山川均の平和憲法擁護戦略」において、「現実の国際政治の中で、山川はソ連の侵略性を警戒するのであるから、統整的理念としては非武装中立を唱えるが、現実には西側の一員の日本を前提として、外交戦略を組み立てるのである。」「山川には統整的理念という、人間の努力によっては到底達成できない夢と、同時にいまこの場所にある社会生活を改善していくという面が並存している」と述べている。私は発刊当初この論文を一読して、「また佐藤が柄谷行人への点数稼ぎをやっている」として読み捨ててしまっていたが、この「9」で指摘した文脈で読むと意味合いが変わってくる。佐藤は、「平和憲法擁護」という建前と、本音が分裂している護憲派ジャーナリズムに対して、「君はそのままでいいんだよ」と優しく囁いてくれているのだ。護憲派ジャーナリズムにとって、これほど〈癒し〉を与えてくれる恋人もいるまい(67)。



10.おわりに

 これまでの〈佐藤優現象〉の検討から、このままでは護憲派ジャーナリズムは、自民党主導の改憲案には一〇〇%対抗できないこと、民主党主導の改憲案には一二〇%対抗できないことが分かった。また、いずれの改憲案になるにしても、成立した「普通の国」においては、「7」で指摘したように、人種差別規制すらないまま「国益」を中心として「社会問題」が再編されることも分かった。佐藤は沖縄でのシンポジウムで、「北朝鮮やアルカイダの脅威」と戦いながら、理想を達成しようとする「現実的平和主義」を聴衆に勧めている(68)が、いずれの改憲案が実現するとしても、佐藤が想定する形の、侵略と植民地支配の反省も不十分な、「国益」を軸とした〈侵略ができる国〉が生まれることは間違いあるまい。「自分は国家主義者じゃないから、「国益」論なんかにとりこまれるはずがない」などとは言えない。先進国の「国民」として、高い生活水準や「安全」を享受することを当然とする感覚、それこそが「国益」論を支えている。その感覚は、そうした生存の状況を安定的に保障する国家―先進国主導の戦争に積極的に参加し、南北間格差の固定化を推進する国家―を必要とするからだ。その感覚は、経済的水準が劣る国の人々への人種主義、「先進国」としての自国を美化する歴史修正主義の温床である。

 大雑把にまとめると、〈佐藤優現象〉とは、九〇年代以降、保守派の大国化路線に対抗して、日本の経済的地位に見合った政治大国化を志向する人々の主導の下、謝罪と補償は必要とした路線が、東アジア諸国の民衆の抗議を契機として一頓挫したことや、新自由主義の進行による社会統合の破綻といった状況に規定された、リベラル・左派の危機意識から生じている。九〇年代の東アジア諸国の民衆からの謝罪と補償を求める声に対して、他国の「利益のためではなく、日本の私たちが、進んで過ちを正しみずからに正義を回復する、即ち日本の利益のために」(69)(傍点ママ)歴史の清算を行おうとする姿勢は、リベラル内にも確かにあり、そしてその「日本の利益」とは、政治大国を前提とした「国益」ではなく、侵略戦争や植民地支配を可能にした社会のあり方を克服した上でつくられる、今とは別の「日本」を想定したものであったろう。私たちが目撃している〈佐藤優現象〉は、改憲後の国家体制に適合的な形で生き残ろうと浮き足立つリベラル・左派が、「人民戦線」の名の下、微かに残っているそうした道を志向する痕跡を消失もしくは変質させて清算する過程、いわば蛹の段階である。改憲後、蛹は蛾となる。

 ただし、私は〈佐藤優現象〉を、リベラル・左派が意図的に計画したものと捉えているわけではない。むしろ、無自覚的、野合的に成立したものだと考えている。藤田省三は、翼賛体制を「集団転向の寄り合い」とし、戦略戦術的な全体統合ではなく、諸勢力のからみあい、もつれあいがそのまま大政翼賛会に発展したからこそ、デマゴギーそれ自体ではなく、近衛文麿のようなあらゆる政治的立場から期待されている人物が統合の象徴となったとし、「主体が不在であるところでは、時の状況に丁度ふさわしい人物が実態のまま象徴として働く」、「翼賛会成立史は、この象徴と人物の未分性という日本政治の特質をそれこそ象徴的に示している」と述べている(70)が、〈佐藤優現象〉という名の集団転向現象においては、近衛のかわりに佐藤が「象徴」としての機能を果たしている。この「象徴」の下で、惰性や商売で「護憲」を唱えているメディア、そのメディアに追従して原稿を書かせてもらおうとするジャーナリストや発言力を確保しようとする学者、無様な醜態を晒す本質的には落ち目の思想家やその取り巻き、「何かいいことはないか」として寄ってくる政治家や精神科医ら無内容な連中、運動に行き詰った市民運動家、マイノリティ集団などが、お互いに頷きあいながら、「たがいにからみあい、もつれあって」、集団転向は進行している。

 ところで、佐藤は、「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べている(71)。佐藤は、リベラル・左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまったからには、自国の国防、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。佐藤を賞賛するような人間は、いざ開戦となれば、反戦運動を行う人間を異端者扱いするのが目に見えている。

 この佐藤の発言は、安倍晋三前首相の目指していた「美しい国」づくりのための見解とも一致する。私見によれば、安倍の『美しい国へ』(新潮新書、二〇〇六年七月)全二三二頁の本のキモは、イランでのアメリカ大使館人質事件(一九七九年)をめぐる以下の一節である。「(注・反カーター陣営の)演説会で、意外に思ったことがある。人質事件に触れると、どの候補者もかならず、「私は大統領とともにある」(I am behind the President.)というのだ。ほかのことではカーターをこきおろす候補者が、そこだけは口をそろえる。/もちろん、人質にされている大使館員たちの家族に配慮するという意図からだろうが、アメリカは一丸となって事件に対処しているのだ、という明確なメッセージを内外に発しようとするのである。国益がからむと、圧倒的な求心力がはたらくアメリカ。これこそがアメリカの強さなのだ。」(八七~八八頁)

 文中の、「人質事件」を拉致問題に、「大統領」を安倍に、「アメリカ」を日本に置き換えてみよ。含意は明白であろう。安倍は辞任したとはいえ、総連弾圧をめぐる日本の言論状況や、〈佐藤優現象〉は、安倍の狙いが実現したことを物語っている。安倍政権は倒れる前、日朝国交正常化に向けて動きかけた(正確には米朝協議の進展で動かされたと言うべきだが)が、こうなるのは少なくとも今年春からは明らかだったにもかかわらず、リベラル・左派の大多数は、「日朝国交正常化」を公然と言い出せなかった。安倍政権が北朝鮮外交に敗北したのは明らかである。だが、日本のリベラル・左派は安倍政権ごときに敗北したのである。

 〈佐藤優現象〉は、改憲後に成立する「普通の国」としての〈侵略ができる国〉に対して、リベラル・左派の大部分が違和感を持っていないことの表れである。侵略と植民地支配の過去清算(在日朝鮮人の人権の擁護も、そこには含まれる)の不十分なままに成立する「普通の国」は、普通の「普通の国」よりはるかに抑圧的・差別的・侵略的にならざるを得ない。〈佐藤優現象〉のもとで、対北朝鮮武力行使の言説や、在日朝鮮人弾圧の言説を容認することは、戦争国家体制に対する抵抗感を無くすことに帰結する。改憲に反対する立場の者がたたかうべきポイントは、改憲か護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮武力行使を容認するか、「対テロ戦争」という枠組み(72)を容認するかどうかである。容認してしまえば、護憲(反改憲)派に勝ち目はない。過去清算も不十分なまま、札束ではたいて第三世界の諸国の票を米国のためにとりまとめ、国連の民主的改革にも一貫して反対してきた日本が、改憲し、常任理事国化・軍事大国化して、(国連主導ではあれ)米軍中心の武力行使を容易にすることは、東アジア、世界の平和にとって大きな災厄である(73)。

 改憲と戦争国家体制を拒否したい人間は、明確に、対北朝鮮武力行使の是非、対テロ戦争の是非という争点を設定して絶対的に反対し、〈佐藤優現象〉及び同質の現象を煽るメディア・知識人等を徹底的に批判すべきである。





(52)佐藤優「集団自決の教科書検定問題で文部官僚を追い込め」『金曜日』二〇〇七年九月一四日号。佐藤ら右派が「日米同盟」の堅持を主張しながら、集団自決に関する教科書検定で文科省を批判することはおかしくない。アメリカの有力シンクタンクも、沖縄での米軍基地の拡張・新設にあたって、「台湾海峡という紛争水域周辺の重要な地域に足場を確保するために」、沖縄に海兵隊撤退などの「見返り」を与えることを主張している(浅井基文『集団的自衛権と日本国憲法』集英社新書、二〇〇二年二月、六三頁)。「見返り」には、歴史認識に関する沖縄の声に日本政府が配慮することも含まれよう。無論、「日米同盟」を支持するリベラルによる文科省批判も、同様の計算が多かれ少なかれ働いていると見るべきだろう。

(53)「5①」でも指摘したが、リベラルはすでに日本の過去清算は終わったものと認識しているのだから、論理上、在日朝鮮人が特別永住者として韓国国籍・朝鮮籍のままでいることを否定することになる。なお、総連弾圧と並行して、坂中英徳・浅川晃広を中心とし、在日朝鮮人の日本国籍取得を推進する主張が論壇上で活発に展開されていることにも留意する必要がある。坂中が民族団体を「日本国籍の取得を徹底的に拒否してきた」として激しく攻撃することからもわかるように、総連の消滅は、在日朝鮮人を「コリア系日本人」とするプロジェクトにとって、これ以上ない贈物であろう。詳しくは、宋安鍾「「コリア系日本人」化プロジェクトの位相を探る」『現代思想』二〇〇七年六月号参照。

(54)2ちゃんねるなどに見られる差別書き込みは、「ネタ」として若者が交流するためのツールであって、排外主義ではないとする解釈は、その典型だろう。在日朝鮮人の人権を守るのではなく、ネット右翼に「ネタ」というエサを与えて飼い慣らしておいた方が、社会統合上、よいということだ。なお、九〇年代以降、多くの先進国で排外主義が活発化したことが報告されているが、背景としては、単に「グローバリゼーションで没落した人、没落しそうな人が、排外主義の基盤になっている」だけではなく、ここで指摘したような構図があるように思われる。すなわち、グローバリゼーションによる「国民」統合の失敗を回避するために、マイノリティに対する排外主義の動きを、リベラルが容認・黙認する、という構図である。

(55)馬場は言う。「戦後の日本・日本人に対する強烈な同化への欲望と、それに匹敵するほどの反発と不信が同居する彼らの様々な葛藤や矛盾は、「在日問題」として、日本政府・自治体に対する権利要求、人々の偏見に対するクリティカルな言論活動、自らのアイデンティティを掘り下げ表現した「在日文学」や「在日」による様々な芸術活動の中で展開されている」(前掲「戦後東アジア心象地図の中の日本」)。この叙述には、「在日問題」とは、在日朝鮮人の直面する社会的・法的差別や人権侵害のことではなく、「在日」の存在自体のことであるとする馬場の意識が露呈している。また、「不公平な弱者救済を受ける人間」として、「もはや差別などほとんど無きに等しいのに今だに非差別者としての特権のみを得ている、女性や在日や部落」を挙げる(「深夜のシマネコBlog」二〇〇六年九月一五日付)赤木智弘が、「論壇」や若年者労働運動で持てはやされるのも、ここで指摘したことの一側面であろう。
  なお、佐藤は、日本がファシズムの時代になり、「国家に依存しないでも自分たちのネットワークで成立できる部落解放同盟やJR総連の人たち」が叩き潰されると、左右のメディアも弾圧されて結局何もなくなると主張する(「国家の論理と国策操作」『マスコミ市民』二〇〇七年九月号)。ところが、佐藤は同じ論文で、緒方重威元公安調査庁長官の逮捕について、「国民のコンセンサスを得ながら朝鮮総連の力を弱める国策のなかで、今回の事件を(注・検察は)うまく使っている」と述べており(傍点引用者)、朝鮮総連の政治弾圧には肯定的である。この二重基準に、「国民戦線」の論理がよく表れている。「国民戦線」の下では、「人権」等の普遍的権利に基づかない「国民のコンセンサス」によってマイノリティが恣意的に(従属的)包摂/排除されることになる。

(56)原型は、古関彰一・鈴木佑司・高橋進・高柳先男・坪井善明・前田哲男・山口二郎・山口定・和田春樹「共同提言「平和基本法」をつくろう」『世界』一九九三年四月号。その後、同「共同提言 アジア・太平洋地域安保を構想する」『世界』一九九四年一二月号、古関彰一・前田哲男・山口二郎・和田春樹「共同提言 憲法九条維持のもとで、いかなる安全保障政策が可能か」『世界』二〇〇五年六月号、が発表されている。二〇〇五年版では、恐らく政治情勢上の判断から、論理や表現がぼかされているので、ここでは一九九三年版に基づいて論じている。

(57)「自衛隊合憲論ではない」としているが、「平和基本法が成立したとき、国会は国土警備隊(注・自衛隊の名称を変えたもの)を合憲と認める」とあるので、明らかな自衛隊合憲論である。

(58)国連軍への「参加は慎重にすべき」とあるが、「「国連軍」を、各国と協力しつつ具体的な形で提案する」ともある。なお、同提言は、「国際(国連)警察的な活動」に参加するのは「日本部隊」であって軍隊ではないとする。だが、同「部隊」が任務とするのは「非軍事を中心とする国連の平和維持活動など」であって(傍点引用者)、軍事参加が否定されているわけではない。

(59)『東京新聞』二〇〇四年五月二日。

(60)この点は、上田耕一郎「「立法改憲」めざす「創憲」論」(『世界』一九九三年八月号「平和基本法―私はこう思う」所収)でも指摘されている。呆れることに、前田哲男は『自衛隊』(岩波新書、二〇〇七年七月)において、「平和基本法」の一九九三年版について、「(注・自衛隊を)「最小限防御力」にまで縮小・分割していく。その一方で、軍縮を手がかりとしながらアジア諸国との和解をなしとげ」ると記述している。論理が逆転しているではないか。藤原帰一は、「(注・中国が)もし(注・アメリカの)ミサイル防衛を阻止したいのであれば、それと引き換えに中距離ミサイルの設備更新をはじめとする軍拡を断念しなければならない」としている(「多角的核兵力削減交渉「広島プロセス」を提言する」『論座』二〇〇七年八月号)が、当然日本のミサイル防衛についても同じ論理が適用されるだろう。現実の一九九三年版の方が、今のリベラルの論理と気分にはるかに忠実である。

(61)佐藤はイスラエルを賞賛し、「外務省でも私、東郷さん、そして私たちと志を共にする若い外交官たちは、日本とイスラエルの関係を強化する業務にも真剣に取り組みました。彼ら、彼女らは、「私たちはイスラエルの人々の愛国心から実に多くのものを学ぶ」ということを異口同音に述べていました」(『獄中記』三九七頁)と書いている。イスラエルのレバノン侵略戦争を佐藤が肯定していることは既に触れたが、佐藤は同書で、「中東地域におけるイスラエルの発展・強化は、イスラエルにとってのみでなく、日本にとっても死活的に重要です。なぜなら、私たちは、人間としての基本的価値観を共有しているからです」(同頁)とも述べている。佐藤は、日本をイスラエルのような国家にしたいのだと思われる。

(62)自衛隊の情報保全隊による市民監視について、佐藤は言う。「外務省でも、外務省にとって好ましくない団体の集会に行くなど国内調査をしていた。行政側の文脈としては「当たり前」の仕事でもあるが、国民がその言い分を額面通り認めてはならない。自衛隊がやったことは、結社の自由に対する侵害などの問題性をはらんでいる。警察や公安調査庁などを含め、どこまで国家がこういうことをやっていいか。その線引きがない。冷静な議論を通じて国民が決めていく必要がある」(『河北新報』二〇〇七年六月一〇日)。ここでは、国家が市民を監視すること自体は否定されていない。「線引き」さえあれば正当化される。国家による市民へのスパイ行為を否定しない佐藤を、「監視社会化」に批判的であるはずの斎藤貴男が賞賛するのは、やはり奇妙だというほかない。せめて斎藤には正道に戻ってもらいたいものだ。

(63)馬場は、この一節での注で、船橋洋一「過去克服政策を提唱する」(同編『いま、歴史問題にどう取り組むか』岩波書店、二〇〇一年)を挙げているが、興味深いことに、船橋の記述と馬場のそれとは重要な違いがある。船橋は同論文では、「平和の時代にあっても、国際協力事業で命を失った人々もいる。平和維持活動(PKO)で命を落とした人々もいる。今後も日本の平和を守るために尊い生命を犠牲にする人々がでてくるだろう。それは日本人に止まらないかもしれない」(一六五頁)と述べている。馬場の「ビジョン」では、PKO参加5原則すらない、PKOに止まらない、今後の軍事活動が想定されており、追悼対象は日本人の「慰霊」であることがわかる。なお、一九九三年版の「平和基本法」はその構想の現実化において、「旧帝国軍隊を想起させる靖国神社への死者の合祀や、市民社会への違法な諜報活動なども停止されなければならない」としている。逆に言えば、旧帝国軍隊を想起させない戦死者追悼施設、国家による市民への合法的な諜報活動は否定されていない。

(64)佐藤の論理からすれば当然であるが、佐藤はテロ特措法延長を支持している。〈地球を斬る〉二〇〇七年九月一九日「総理大臣の辞任」参照。

(65)川端清隆「テロ特措法と安保理決議―国連からの視点」『世界』二〇〇七年一〇月号。なお、同論文に対して、小沢は次号に反論を寄せている(「今こそ国際安全保障の原則確立を」『世界』二〇〇七年一一月号)。小沢は、護憲派ジャーナリズムに食指を動かしてきたわけだが、これは、一九九三年版の「平和基本法」時と同じ構図である(渡辺治『政治改革と憲法改正』(青木書店、一九九四年)参照)。前回の政治過程が、日本社会党の自衛隊合憲論への転換と、党の消滅に帰結したことを忘れるべきではない。なお、小沢の同論文の、国連決議があれば武力行使に自衛隊が参加しても合憲とする主張に対し、朝日新聞は社説で疑問を呈して、「安全保障に関する基本法」などに関する「体系的な議論」が必要だとする(二〇〇七年一〇月六日)。自治労も「平和基本法」を支持しており、「平和基本法」への警戒を怠ってはなるまい。

(66)吉田康彦『国連改革』集英社新書、二〇〇三年一二月、五七頁。

(67)佐藤の同論文の読解については、岩畑政行のブログ「政治ニュース 格物致知」二〇〇七年九月二三日付「護憲的安全保障について」から示唆を得た。無論、佐藤の主張は柄谷行人の「憲法九条=統整的理念」論から来ているが、ここでは、柄谷の主張が、たかだか憲法九条をプログラム規定として解釈するものに過ぎなかったことが浮き彫りになっている。実際に、九・一一事件以降の柄谷の言説は、「戦争への参加」への屈服の自己正当化という特徴を持っている(高和政「湾岸戦争後の「文学者」」『現代思想』二〇〇三年六月号参照)。

(68)前掲「集団自決の教科書検定問題で文部官僚を追い込め」。

(69)安江良介『同時代を見る眼』岩波書店、一九九八年(原文発表は、一九九二年三月二一日付)。

(70)『藤田省三著作集2 転向の思想史的研究』みすず書房、一九九七年、一〇六~一〇七頁。

(71)〈地球を斬る〉二〇〇七年七月四日「愛国心について」。

(72)例えば、最上敏樹は、アメリカやイギリスなどの諸国のテロへの「不安や焦燥感」に全く理由がないとは言えないから、有志連合形式の武力行使を抑えるために、国連を「国際的な警察活動の中心へと戻してやることが必要だ」とする(最上敏樹『いま平和とは』岩波新書、二〇〇六年三月)。国連主導の「対テロ戦争」である。なお、当然ながら、国連主導であったとしても、日米を参加国とした国々と北朝鮮との武力衝突、戦争への発展は起こりうる。二〇〇六年の北朝鮮のミサイル発射実験、核実験に対して決議された安保理決議も戦争の道につながりうる。

(73)日本の常任理事国化がいかに問題か、日本がこれまで国連の場で米国に追従していかに夜郎自大に振舞ってきたか、そしてそのことがリベラルにいかに認識されていないかについては、河辺一郎『日本の外交は国民に何を隠しているのか』(集英社新書、二〇〇六年四月)参照。

[金光翔(キム・ガンサン)一九七六年生まれ。会社員。韓国国籍の在日朝鮮人三世。gskim2000@gmail.com]
  • 2008.01.27 02:49 
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金光翔「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)【中】 

5.なぜ護憲派ジャーナリズムは佐藤を重用するのか?

 冒頭の問いに戻ろう。なぜ、このような右翼の論客を、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派は重用するのか?

 はじめに強調しておかなければならないのは、リベラル・左派による佐藤優の重用を、「戦後民主主義からの逸脱」とのみ捉えていては、〈佐藤優現象〉は解けないだろう、ということである。確かに、「2」で指摘したような排外主義的主張が、「戦後民主主義からの逸脱」であることは明らかであるが、同時に佐藤の主張が、リベラルのある傾向を促進する形で展開しており、だからこそ、ジャーナリズム内の護憲派、リベラル・左派が佐藤に惹き付けられている、と私は考える。

 したがって、佐藤優の言説と「戦後民主主義」の言説の連続性、現在のリベラルの主張との親和性を検討することが、極めて重要であるが、紙幅と私の力量不足のため、ここでは体系的に論じられない。したがって、以下、覚書として、現在のリベラルの主張と佐藤の論理の共通性のうち、佐藤優がリベラルに人気を得た主な理由と思われるものとその問題性をいくつか指摘し、私自身による研究も含めて、今後の検討に俟ちたい。

①ナショナリズム論

 まず、佐藤がリベラル・左派に人気を得た要因として、ナショナリズム論が挙げられる。佐藤自身、デビュー作の『国家の罠』の執筆は、前述の馬場公彦から、「佐藤さんが体験したことは日本のナショナリズムについて考えるよい材料となるので、是非、本にまとめるべきだ」と激励されたことが契機となったことを記している(29)。

 佐藤は、グローバリゼーションの影響でナショナリズムが有効性を喪失するという言説を否定し、外交官としての旧ソ連勤務時代の体験から、世俗化した現代社会でも「神話化」が進行して「民族感情」が沸き起こるとしているが、これだけならば、冷戦崩壊以降、ジャーナリズムでさんざん繰り返された主張である。佐藤が新しいのは、中国の「反日運動」や日本の「右傾化」をも、その観点から包括的に「説明」したことにあると思われる。

 九〇年代の構築主義的な国民国家論は、「民族は幻想であり、想像の共同体」といったレベルの薄められた理解で、「論壇」やマスコミ関係者に広まり、もともと「戦後民主主義」に強くあった「民族主義」「ナショナリズム」への否定的認識を、さらに促進したように思われる。上野千鶴子は、金富子の「上野氏はナショナリストと決めつければ誰もが黙ると思っているらしい」との適切な批判に対して、「金氏はナショナリズムに対していったい肯定的なのだろうか、それとも否定的なのだろうか」と応答しているが(30)、この応答は、日本の「論壇」が、ナショナリズム否定論に制覇されていることを前提とした恫喝であろう。

 重要な点は、佐藤の「論壇」への本格的な登場に先立って、東アジア諸国の民衆からの歴史認識に関する対日批判の声をまともに受け止めず、過剰な「反日ナショナリズム」として否定し去りたいという衝動が、護憲派まで含めてジャーナリズム内に蔓延していたことである。

 例えば、馬場は、二〇〇一年発表の論文中で、「東アジアの側も日本による侵略と植民地支配の記憶を、自国の排外的民族主義へと直結させる動きが見られる」と述べている(31)。二〇〇二年発表の論文でも、二〇〇一年度の扶桑社版中学用歴史教科書の検定合格に対する中国・韓国の日本政府への抗議について、「その告発は、これまで虐げられ支配されてきた弱いアジア諸国が、侵略国・植民者の強国日本に抵抗するという、冷戦期までの非対称的な図式ではない。現出しているのは、文化的価値観の均質性が顕著となるなかで、文化的にも経済的にも一体化が進み、より対称性が整いつつある両者の間で、過去の加害責任をめぐって、民間が主導し政府がそれに追随する形で対抗しあうといった思想風景である」と述べている(32)。なお、奇妙なことに、論文中には、これまでとは違うと断定をする根拠は何ら示されていない。

 中国の「反日ナショナリズム」について、佐藤は言う。「総理靖国神社参拝問題が日中間の「躓きの石」であるという見方が、本質的にずれていることが明らかになった。もし、靖国問題が日中間の本質的な「躓きの石」ならば、今年(注・二〇〇七年)も大問題になったはずである。それがなかったのは、靖国は「みせかけの問題」に過ぎなかったということだ。それでは問題の本質はどこにあるのか。それは中国で歴史上はじめて近代的なナショナリズムが、全国規模の大衆レベルで本格的に台頭していることだ。ナショナリズムは産業化と同時進行する。中国の内陸部が本格的に産業化、近代化している状況で中国ナショナリズムは今後も強化されていく。ナショナリズムにおいては「敵のイメージ」が重要だ。(中略)/中国人は日本人を「敵のイメージ」に選んでしまった。それだから、今後も小泉政権下の靖国問題のようなシンボルが出てくればいつでも反日ナショナリズムの火は中国で燃え広がる」(33)。

 そもそも安倍晋三は首相在任時は靖国参拝をしなかったのだから、佐藤の論理の前提自体が成立していないが(いつもながらのハッタリである)、対日批判を否定し去りたいという衝動を持ったリベラルにとって、佐藤の中国ナショナリズム論が極めて都合が良いことは明らかであろう。『世界』は、「反日運動」の特集号(二〇〇五年七月号「特集 反日運動―私たちは何に直面しているか」)において、巻頭論文として、中国ナショナリズムの批判で終始した論文(園田茂人「「ナショナリズム・ゲーム」から脱け出よ―中国・反日デモを見る視点」)を掲載している。この号には、「反日運動」が提起する過去清算の問題に向き合うべきという論文もいくつか掲載されており、編集部の動揺が見られるが、象徴的なことに、佐藤が『世界』で「民族の罠」の連載を始めたのはこの号からである。「反日運動」に直面したリベラル・左派の困惑抜きには、〈佐藤優現象〉は拡大しなかったように思われる(34)。

 なお、「戦後民主主義」に反植民地主義の認識がほとんど欠落していたことも、近年の「反日ナショナリズム」論の流行の背景にあると思われる。尖閣諸島・竹島に対する中国・韓国の主張も、植民地主義の問題は捨象されて単なる「領土問題」に還元され、「領土ナショナリズム」による主張と表象されることになる。韓国での左派の過去清算への取組みも、右派の国家主義も同じ「反日ナショナリズム」で括られる。反植民地主義の実践も先進国の排外主義も、全て同じことになってしまう。

 また、九〇年代以降の歴史認識・戦後補償をめぐる対日批判において、問われていたのは日本国家の法的・政治的責任であり、主権者たる日本国民の法的・政治的責任であったにもかかわらず、日本のリベラル・左派の多くがその「応答」に失敗したことにもこの「反日ナショナリズム」言説の蔓延の背景にある。例えば馬場は、「国民国家の枠組の残存は、植民地支配と戦争の責務を問う被害者・被害国からの声にたいする応答責任への道を閉ざす要因ともなっている」と述べているが(35)、ここでは、加害国の「国民」として、被害者への政治的責任を果たそうという姿勢(例えば高橋哲哉(36))が、「国民国家の枠組の残存」として矮小化されている。また、岩波ジュニア新書の上村幸治『中国のいまがわかる本』(二〇〇六年三月)では、「日本の若い人に戦争責任はありません。若い人が曽祖父や、その上の世代の起こした戦争について謝罪する必要もありません。日本は政府がすでに中国に公式に謝罪したし、中国政府もそれを認めています」とした上で、中国からの対日批判を「私たちに課された重荷として受け止めないといけません」と説かれている。同書は、中国の「反日運動」を過剰な「反日ナショナリズム」として説明しようとする典型的な本だが、対日批判で問われている政治的な責任を無視して、中国人への反感を「この本の主な読者」の「中学生、高校生から大学の一、二年生あたり」に煽ろうという狙いが透けて見える(37)。

 上村は論外としても、馬場の言説は、「国民基金」の論理に直結している。「国民基金」の呼びかけ人の一人であった大沼保昭は、「韓国では「慰安婦」問題は日本への不信と猜疑という反日ナショナリズムの象徴と化し」、「「何度謝ってもまだ足りないと言われる」ことに苛立つ日本の一部のメディアは、元「慰安婦」を「売春婦」呼ばわりする感情的な議論を爆発させた」と、日本の右派による「慰安婦」バッシングまで「反日ナショナリズム」のせいにしている(38)。被害者への国家賠償を忌避する「国民基金」が、正当にも韓国の世論に拒絶された結果として、「国民基金」を支持する層が自己の立場の正当化を動機として「反日ナショナリズム」論に移行していったように思われる(39)。

 大沼が「反日ナショナリズム」論に行き着く過程は、リベラル・左派のうち、国民基金には否定的だとする人々の一部も共有しているように思われる。そのことを考える材料になるのが、上野千鶴子の以下の一文である。「高橋(注・哲哉)さんが「日本国という政治共同体の一員としての法的・政治的責任」(注・以下、「法的・政治的責任」)を果たそうとすることの内容は、参政権を行使したり運動体に参加したり、シンポジウムや声明に参加したりというように、わたしや他の人々の行為とそう違わないだろう」(傍線部は引用者)。傍線部については、①戦争犯罪等に関する国家補償や責任者処罰を日本政府に履行させること(高橋の言う、「法的・政治的責任」を果たすこととは、これであろう)のための手段として、それ自体は「法的・政治的責任」を果たすこととは無関係なものとして記述されている ②それ自体が「法的・政治的責任」を部分的にでも果たす価値を持つものとして記述されている の二通りの解釈ができる。だが、これは②、あるいは、仮に①のつもりで記述したとしても②の認識も持っていた、と解釈することが妥当であるように思われる。なぜならば、この一文の少し後に、花崎皋平と徐京植との論争に関しての、上野の以下の一文があるからである。「徐さんは、「共生の作法」を、日本人であるあなた(注・花崎)には説く資格がない、と語っているように見える。花崎さん自身がどんなプロセスでそこにいたり、「日本人としての責任」を果たすためのさまざまなアクションを起こし、「わかろう」としない他の日本人マジョリティを説得するための努力をしてきたかを不問にして(中略)その部分は無視されるのだ。」(40)上野は、花崎の「さまざまなアクション」、「努力」が、「法的・政治的責任」を部分的にでも果たしているにもかかわらず、徐はそれを「無視」している、と徐を批判している、と読める。上野は、傍線部が、「法的・政治的責任」を部分的にでも果たしているとの認識を持っていると解釈せざるを得ない。日本では、「参政権を行使したり運動体に参加したり、シンポジウムや声明に参加したり」といった形で、戦後補償の実現に向けて「さまざまなアクション」、「努力」がなされ、「法的・政治的責任」を果たす具体的な行動が展開されているにもかかわらず、韓国世論は、対日批判の調子を一向に弱めない。これは日本側の問題というより、韓国の「ナショナリズム」のせいではないのか―こうして、上野や、戦後補償関係の運動に携わっている一部の層が、国民基金の支持者と同じ回路で、「反日ナショナリズム」論に合流したように思われる。

 マスコミ関係者やこれらの人々の相互交流を通じて、こうした認識は強化されていっただろう。〈佐藤優現象〉は、こうして形成されたリベラル・左派における「反日ナショナリズム」論の蔓延という土壌で成育を遂げたと言える。

②ポピュリズム論

 佐藤がリベラル・左派で人気を得たもう一つの要因は、二〇〇五年の衆議院選挙での小泉自民党の圧勝を、マルクスのボナパルティズム論を持ち出して説明したことにあろう。当時、「マスコミは、「小泉マジック」とか「小泉劇場」と称して、分析不能を告白していた」(41)が、護憲派ジャーナリズムが分析不能に陥った中、佐藤の提示した説明が、マスコミ関係者における柄谷行人の著作の普及と相まって、「説得力」を持ったのだと思われる。

 佐藤は、「自らを代表することのできない人々は、誰かによって代表してもらわなくてはならないのである。それが自らの利害に反する人物であっても、代表してもらうことになる」として、「現下日本国民の大多数」が、ナポレオン三世を支持した分割地農民と同様な投票行動を行った結果、小泉自民党が圧勝したと説明する(42)。メディアの煽動により「国民」がコントロールされ、自分たちの利害に反する新自由主義政党、小泉自民党に投票したという、ここ二年来、さんざん護憲派ジャーナリズムによって流された言説である。

 だが、「メディアの影響」といった外部要因を持ち出さなくても、小泉自民党の圧勝は比較的容易に説明できるのではないか。渡辺治は、「構造改革」に期待する大都市部ホワイトカラー上層を民主党から根こそぎ奪い返した結果であり、「メディア政治」の結果にするのは間違いであるとする(43)。私も、上記の点に関しては渡辺の分析に同意するが、渡辺の議論の弱点は、「若い人たち」と女性が大量に自民党に投票したことを説明しえていない点にあるように思われる。私は、佐藤と違い、若者と女性の多くが自民党に投票したのは、その時点において、合理的な投票行動だったと考える。彼・彼女らが自民党に投票したのは、無知でメディアの影響を受けやすいからではなく、彼・彼女らの企業社会や会社での位置が、周辺的な点にあると思われる。

 「郵政民営化が切り捨てる層」が象徴していたのは、「組合に守られた正社員、中高年ホワイトカラー」である。そして、日本の労働組合の大多数は、「連合」に代表されるように、「特権層」「利権集団」と表象されても仕方がない存在でしかなかった。そうした人々が切り捨てられるのは、多くの非正規雇用、中小企業の正社員の若者にとってはメリットがある。端的に言って、雇用機会が増えるからだ。若い世代が「上層」に上がる道が極めて狭いため、中高年正社員がリストラされて雇用機会が生まれる方が、労働組合を組織して賃金・所得を上げたりするよりも、はるかに現実的なのである。

 女性についても、その多くは、世代を問わず、パートや派遣労働、正社員でも低い地位など、企業社会で周辺的な地位にある。いまや専業主婦は少数派なのであって、「ワイドショーの影響」で女性が大量に小泉自民党に投票した、とする説明は馬鹿げている(愚かにも、「小泉の男性としての魅力」といった説明すらあった)。

 要するに、彼ら・彼女らにとっては、負担増はあっても、今よりも雇用機会の増える社会の方が、格差構造が固定化して「上層」への道が閉ざされている状況の中では、生活水準の向上への漠然とした予感からメリットがあると映ったのではないか。そして、その判断は別に間違っていないのであって、「メディアに踊らされた」わけでもない。

 マスコミ関係者がこうした構図に気づかず、「メディアの影響」論のウケが良いのは、浅野健一が再三指摘しているように、当のマスコミ関係者が労使協調型の御用組合に守られた、まさに「特権層」たる状況にあるからだと思われる。要するに、「メディアの影響」論とは、典型的な愚民観であって、こうしたマスコミ関係者のメンタリティに、佐藤による小泉自民党圧勝の説明は適合的であったと言える。

 また、「公共性の回復」を唱える山口二郎や杉田敦といった、リベラルの凡庸な政治学者たちが佐藤を支持しているのも、同様な愚民観に根ざしていると思われる。

③ 格差社会論

 現在、「格差社会論」が隆盛であり、佐藤優も左右の雑誌で、格差社会反対の論陣を張っている。格差社会の問題がこれだけ焦点化されている現在、リベラル・左派に佐藤が持て囃されている一因として、格差社会反対への佐藤の貢献が挙げられよう。佐藤は言う。「新自由主義政策の嵐の中で、戦後日本が築いてきた安定した社会が崩れ、その結果、日本国家が弱体化し始めている。この傾向に歯止めをかけることだ」(44)。

 目下、「格差社会反対」は、リベラル・左派ではごく当たり前なことになっているが、私が呆れるのは、そこに、外国人労働者の問題、また、グローバリゼーションの下で先進国と第三世界の「格差」が拡大している問題が、ほとんど全く言及されない点である。リベラルからは、外国人労働者が流入すると排外主義が強まるから流入は望ましくないという言説をよく聞かされるが、言うまでもなく、この論理は、排外主義と戦わない、戦う気のないリベラル自身の問題のすりかえである。こんな論理なら、まだ、はじめから外国人排除を主張する連中の方がすっきりしている。興味深いことに、小林よしのりも格差拡大に反対しているが、その理由は、格差拡大によって、「日本のエートス・魂」が失われ「国民の活力」が縮小し、「少子化が進み、やがて移民を受けいれざるを得なくな」るからとする(45)。すなわち、外国人労働者を排除した上での格差の解消という論理構成の点では、「左」も「右」も同一なのである。

 非常に単純化して言えば、外国人労働者の生活権の問題までカバーしうる格差社会論があるとすれば、最低限、労働法制がある程度規制緩和されることが前提となろう。そうでない限り、若年労働者と外国人労働者の競合は避けられまい。無論、そうした規制緩和には、大多数の「国民」は賛成しまいし、大衆統合の見地から見て、政策的にも採用されないだろう。若年者の労働組合運動は、現段階では既存の大組合の支持と援助なしではやっていけないから、「中高年の仕事を自分たちに」などとは言えない。かくして、外国人労働者は「格差社会論」から排除され、若年者の労働運動は、「既得権益」に入ることを要求するものとなる。

 「格差社会化」に反対しているから、佐藤や小林は一定評価すべきではないか、という声が聞こえてきそうだが、問題は実は逆ではないのか。現在の「格差社会論」自体が排外主義的な論理を孕んでいるからこそ、佐藤や小林のような排外主義者が、容易に格差社会反対の論陣を張れるのだ。

④「硬直した左右の二項対立図式を打破」―〈左〉の忌避

 佐藤がリベラル・左派に好まれた要因として、乱暴に言えば、リベラル・左派が、「自分たちは「左翼」ではない」と自己主張したかった点をどうしても挙げねばなるまい。佐藤がリベラル・左派に好まれたのは、「左右図式を超えた」ことになっている佐藤を使うことが、「左」であることを自己否定し、改憲後の生き残りを図るリベラル・左派にとって、都合がよかったからに他ならない。この点は、後で詳しく述べる。佐藤自身も、「東西冷戦終結後、有効性を失っているにもかかわらず、なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼、右翼という「バカの壁」」(46)という表現を用いており、〈左右図式〉を超えた「一流の思想家」として、柄谷行人や魚住昭など、多くの人々が賞賛している。

 ここで指摘しておきたいのは、延々と聞かされ続けている「左右の二項対立は終わった」という認識のおかしさである。「左右の二項対立」は、再編はされた。だが、終わったどころではない。「終わった」などと言っているのは、日本の「論壇」だけではないのか。

 また、「左右の二項対立は終わった」なる言説は、往々にして、もはや実質的には「左」ではないリベラル・左派に、自分たちが「左」で「良心的」であるという地位を担保するという行為遂行的な役割を果たしている。こうした言説を主に主張するのは「保守」ではなく「リベラル」であるが(47)、この言説は、「リベラル」が「保守」とは一線を画することを暗黙の前提としているから、実際には、「お前は右だ」という批判を否定する機能しか持たない。この言説は、「左」と見なされるのを回避することと、「左」からの批判をあらかじめ封印することを同時に担えるからこそ、九〇年代このかた、日本の「リベラル」に愛用されてきたと思われる(48)。本論文が指摘するように、現在の「リベラル」が「保守」と同様に「国益」を軸として再編されつつあることへの批判や、〈佐藤優現象〉への「左」からの批判が鈍いのは、こうした構図にも一因があろう(49)。



6.「人民戦線」という罠

 冒頭の、〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているか、また、それがどういう帰結をもたらすか、という問いに戻ろう。私は、〈佐藤優現象〉は、リベラル・左派に支配的な、ある認識と衝動に対して、佐藤が適合的であったために生じた現象であると考える。重要なポイントとして、二点指摘する。

①「ファシズム政権の樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤を擁護する 

佐藤は呼びかける。「ファシズムの危険を阻止するためには、東西冷戦終結後、有効性を失ってい
るにもかかわらず、なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼、右翼という「バカの壁」を突破し、ファシズムという妖怪を解体、脱構築する必要がある」(50)と。魚住昭は、呼びかけに応じて、「いまの佐藤さんの言論活動の目的は、迫りくるファシズムを阻止するために新たなインターアクションを起こすことだ」と述べており(51)、斎藤貴男も、前掲の『週刊読書人』の記事で、「魚住の理解に明確な共感を覚えた」と述べている。

②「論壇」での生き残りを図るために、佐藤を擁護する

 改憲の流れを止めることはできないから、改憲後に備えてこれまでのリベラル・左派の主張を改編して「現実的」な勢力となっておくために、すなわちリベラル・左派の「生き残り」のために、佐藤を擁護する

 この二点が、佐藤を擁護するリベラル・左派系のメディアや人間の中に、それぞれの政治的スタンスに応じて比率配分され、並存しているように思われる。

 私は、佐藤を使う理由として、①は首肯できるが、②はいただけない、と言っているのではない。②が破廉恥なのは見やすいが、より問題点が見えにくく、それゆえ徹底的に批判されるべきなのは、①だ。

 まず押えておく必要があるのは、日本において、佐藤らが言っているような「ファシズム体制」なるものは絶対に到来しないことだ。この二一世紀の「先進国」において、対外戦争を遂行する際、戦前型の「総動員体制」は、端的に不効率でしかなく、支配層にとって経済的にペイしない。治安や管理や統制は、要所要所さえできていれば支配層にとって問題ないのであって、一部の「監視社会論」は、ほとんど陰謀論に近いと言わざるをえない。そんなことは、イラク戦争を遂行したアメリカや、佐藤が称揚する最悪の侵略国家イスラエルを見れば自明ではないか。それらの国で、政治的自由や民主主義体制が維持されており、議会における論戦や市民運動が、現在の日本よりもはるかに活発であるのは周知の事実であろう。

 私は、戦前型のファシズムが再来するとでも言いたげな(いかにも一時代前の「左翼」的な)誤った情勢認識の下に、佐藤を一例とするような右翼とともに一種の人民戦線を築こうという志向が仮に社会的にも力を持ったならば、それこそが、日本社会のより一層の右傾化と、改憲の現実化をもたらすと考える(この点は後述する)。要するに、〈佐藤優現象〉の下で起こっていることは、「日本がファシズム国家の道に進むことを阻止するために、人民戦線的に、佐藤優のような保守派(私から見れば右翼)とも大同団結しよう」という大義のもと、実際には、「国益」を前提として価値評価をする、「普通の国」に適合的なリベラルへと、日本のジャーナリズム内の護憲派が再編されていくプロセスである。そうした存在が、憲法九条とは背反的であることは言うまでもない。このまま行けば、国民投票を待たずして、ジャーナリズム内の護憲派は解体してしまっていることだろう。これが、〈佐藤優現象〉の政治的本質だと私は考える。

 もっと言えば、佐藤優自体はどうでもいい。仮に佐藤優が没落して、「論壇」から消えたとしても、〈佐藤優現象〉の下で進行する改編を経た後のリベラルは、佐藤優的な右翼を構成要素として必要とするだろうからだ。






(29)『国家の罠』新潮社、二〇〇五年三月、三九八頁。

(30)上野千鶴子「金富子氏への反論」『インパクション』一五九号、二〇〇七年九月。なお、反論対象となっているのは金富子「「慰安婦」問題と脱植民地主義」『インパクション』一五八号、二〇〇七年七月。徐京植は既に、上野との論争の中で、「ナショナリズムは悪だ、なぜならそれはナショナリズムだから―そんな粗雑な循環論法が流通している空間では、いったんナショナリストというレッテルを貼られそうになった者は、なにはともあれ自分からその致命的なレッテルを剥がそうと懸命になるほかないようだ」と、上野の言説が前提としているものを指摘している(日本の戦争責任資料センター編『ナショナリズムと「慰安婦」問題』青木書店、一九九八年、一六八頁)。なお、金富子は、「粗雑であるばかりでなく、フェミニズムからもほど遠く、日本と韓国の歴史修正主義者たちに親和的な歴史認識・現状認識が、二一世紀に韓国の「日本学」研究者(注・金富子が同論文で批判する朴裕河)から提起され、それが日本の「良心的」知識人、マスコミ、フェミニストなどによって「お墨付き」をもらうという倒錯的状況」を「危機的」だとしている。この「倒錯的状況」は、〈佐藤優現象〉と間違いなく同質の問題性を含んでいる。それにしても、朴裕河ブーム(?)にせよ〈佐藤優現象〉にせよ、まとまった形で批判したのが在日朝鮮人しかいないという日本の(特に左派の)現状の悲惨さに呆れざるを得ない。

(31)馬場公彦「戦後東アジア心象地図の中の日本」『中国21』第10号、二〇〇一年一月。

(32)前掲「ポスト冷戦期における東アジア歴史問題の諸相」。

(33)〈地球を斬る〉二〇〇七年九月一二日「外相交代と対露外交(上)」。佐藤は「国権主義者」を自任しているが、だとすれば中韓の「ナショナリズム」には肯定的であるべきだろう。自分は右翼を自任しておきながら他国のナショナリズムは否定するのならば、ネット右翼と同じだ。なお、佐藤の議論に共感し、近年の中国の「ナショナリズム」を批判するリベラル・左派は、戦前の中国の反帝・抗日ナショナリズムと近年の「ナショナリズム」は違うのか、戦前の中国のナショナリズムをどう評価するのか、説明すべきであろう。

(34)「反日ナショナリズム」の核心は、「いままで日本に対して、われわれ周りが甘すぎたから、日本はドイツみたいになれなかったんだよ。ドイツがすべてよいかどうかは別にして」(劉彩品「私は「反日」と言ってはばからない」『前夜』第八号、二〇〇六年夏号)という民衆の状況認識であると思われる。問われているのは、「反日運動」が「ナショナリズム」かどうか、という問題ではない。この認識の妥当性である。そして、私は、この認識の妥当性を全面的に肯定する。それを「ナショナリズム」と呼ぶならばそれはそれでよい。「反日ナショナリズム」に関して、本文中では日本のメディアでの用法に準じたが、私自身は肯定していることを付言しておく。

(35)前掲「ポスト冷戦期における東アジア歴史問題の諸相」。

(36)佐藤が高橋哲哉を批判していることも、リベラルに好まれる一要因になっていると思われる 。高橋の正論を「左翼」とレッテルを貼って否定しようとする衝動は、リベラルまで含めたマスコミ関係者には確実にある。佐藤には、そうした衝動がよく分かっているのだと思われる。

(37)上村の主張は、以下の発言を想起させる。「『イスラエルがパレスチナ人に対してやっていることがテロの原因ではなく、ただ私たちイスラエル人を憎んでいるからやるのだ』というのが右派の言い分です」(イスラエル人平和活動家の発言。土井敏邦『現地ルポ パレスチナの声、イスラエルの声』岩波書店、二〇〇四年四月、一八六頁)。上村のこんな文章を真に受けたら、若い読者が、「政治とは無関係に、中国人は日本人をただ憎んでいる」と思うようになることは明らかだろう。上村は、毎日新聞の記者を長く務め、2ちゃんねるでは適切にも「中国版黒田勝弘」と命名されている。中国への謝罪は済んだとして、「日本は戦後60年、摩擦や対立を過度に恐れ、避けよう避けようと懸命になってきた。そろそろ、対立すべき時は対立し、その上でそれを乗り越えるための努力をする時期が来ているように思う」(『毎日新聞』二〇〇五年一月五日)と提唱している人物である。同書の刊行は、近年の岩波ジュニア新書の右傾化の一つの象徴であろう。

(38)大沼保昭『「慰安婦問題」とは何だったのか』(中公新書、二〇〇七年六月)。大沼は、米国下院での慰安婦決議に関連して、「アジア女性基金の業績は、ドイツを含めた他の国々と比較しても、決して見劣りするものではなく、胸を張ってよいものだと思います。ただ、それが世界に理解してもらえなかったのは、日本政府とアジア女性基金の広報能力に決定的な欠陥があったからだと思います」と述べている(秦郁彦・大沼保昭・荒井信一「激論「従軍慰安婦」置き去りにされた真実」(『諸君』二〇〇七年七月号)。この発言は、「国民基金」の政治的役割を、大沼がよく自覚していることを示している。なお、以下でも触れるが、「国民基金」の呼びかけ人の一人である和田春樹は、佐藤の盟友である。

(39)これは、イスラエルの九〇年代のリベラル・左派主導による、それ自体が抑圧であった対パレスチナ「和平政策」が第二次インティファーダによって頓挫し、右派の強硬策の支持に回ることと同じ構図である。

(40)この段落での引用は、上野千鶴子『生き延びるための思想』岩波書店、二〇〇六年二月、第六章から。

(41)渡辺治「「構造改革」政治時代の幕開け」『現代思想』二〇〇五年一二月号。

(42)佐藤優「民族の罠 第五回」『世界』二〇〇五年一一月号。

(43)渡辺治『構造改革政治の時代―小泉政権論』花伝社、二〇〇五年。

(44)〈地球を斬る〉二〇〇七年九月五日「日本国家の弱体化に歯止めを」。

(45)「ゴー宣・暫」第五幕第一場『SAPIO』二〇〇七年三月二八日号。

(46)「民族の罠 第六回」『世界』二〇〇五年一二月号。

(47)このことは佐藤には明瞭に自覚されていると思われる。佐藤は、〈地球を斬る〉では、「山口教授をはじめとするまじめな左翼、市民主義陣営の声に、保守の側が真剣に対応することが日本の社会と国家を強化するために必要と思う」と述べている(前掲「日本国家の弱体化に歯止めを」)。一見、本文で引用した「バカの壁」云々と同じことを言っているように見えるが、重要な違いがある。『世界』での「バカの壁」云々の文章では、〈左右図式〉自体が否定されているのに対して、佐藤はここでは、「保守」が「左翼」と対峙するという枠組みを何ら否定していない。

(48)護憲派ジャーナリズムが、自らが「左」であることを担保しながら「左」であることを否定する態度は、〈佐藤優現象〉の成立・拡大の一因になっていると思われる。そのことを、片山貴夫と『金曜日』北村肇編集長とのメールでのやり取りから考えよう(以下、引用は「片山貴夫のブログ」二〇〇七年六月二日付より)。北村は、
 ①「佐藤さんにコラムを依頼したのは、単なる「右派論客」とはみていないからです。実際、何回か話をしたのですが、一流の思想家です。何かと刺激を受けることも多い人物です。岩波書店の編集者や斎藤貴男さん、魚住昭さんらが懇意にしているのも、その「実力」を知ったからと推察します。」(二〇〇七年三月五日付)
 ②「佐藤氏の「物の見方」と編集部のそれが同一しているわけではありません。場合によっては誌上での討論もありえます。しかし、コラムニストから降りてもらうようなことは考えていません。次元の違う問題と思います。/本誌は「論争する雑誌」としてスタートしました。必ずしも考え方の一致しない著者の登場は、多くの読者から支持されてもいます。」(三月二七日付)と述べているが、興味深いのは、二つの返信の矛盾である。すなわち、①は、『金曜日』が「左」であることを前提とした上での弁明だが、②は、『金曜日』が「左」であることを否定した弁明となっている。『金曜日』は、「左」であることの自己否定と、「左」であるとの自己規定が並存しているのである。本文で述べたように、佐藤を護憲派ジャーナリズムが使うのは、「左」であることの自己否定が一因である。ところが、自分たちが「左」であると自己規定するからこそ、佐藤が「〈左右の図式〉を超えて活躍する一流の思想家」であるという表象が世間で作り出される。かくして、護憲派ジャーナリズムが「左」であることを自己否定するために佐藤を使うことは、その表象に基づいてより容易に遂行される、というからくりが生まれる。

(49)この「5」で挙げた論点から考えると、注(24)で指摘した「護憲派のポピュリズム化」と〈佐藤優現象〉との問題の同質性を確認することができる。
  例を挙げよう。井筒和幸ほか『憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための一八人の発言』(岩波ブックレット、二〇〇五年八月)は、一八人の著名人のメッセージが掲載されており、二〇〇五年八月上旬に、中央紙・ブロック紙・地方紙の計四二紙に一頁全面広告で掲載されたが、この広告で使われようとしたキャッチコピーで「今回の趣旨を具現化した言葉」として挙げているのは、「確かに、ムカツク国はある。/だからこそ、キレてはいけないのです。」である(ただし、実際には採用されなかった。「今月の広告時評 憲法九条を広告・する」『広告批評』二〇〇五年九月号)。ここでの「ムカツク国」が、北朝鮮を指していると一般的に解釈されることは、二〇〇五年八月時点において(そして現在でも)、議論の余地はない。ここには、〈佐藤優現象〉と同じ、北朝鮮を「敵」として自明視する姿勢が、鮮明に表れている。無論、こうした広告が世に出た際に、在日朝鮮人が被る被害への呵責の念など欠片もあるまい。
  「護憲派のポピュリズム化」は、この「5」で挙げた論点を当てはめれば、「反日」の訴えを正当に受け止めない姿勢・衝動を持ち(①)、愚民観を持ち(②)、若者向けであり(③)、主張のいかんを超えた有名人・文化人を志向している(④)、といった点からも、〈佐藤優現象〉と共通点を持つ。そして、北朝鮮敵視と在日朝鮮人の人権の無視が、そのコロラリーである。

(50)「民族の罠 第六回」『世界』二〇〇五年一二月号。

(51)佐藤優・魚住昭『ナショナリズムという迷宮』朝日新聞社、二〇〇六年一二月、二五二頁。
  • 2008.01.27 02:48 
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